アクセル・ヴィツェル(Axel WITSEL)
フルネーム アクセル・トーマス・ヴィツェル
国籍 ベルギー
出身地 リエージュ
生年月日 1989・1・12
身長 186cm
体重 80kg
利き足
ポジション MF(DMF)
FK PK  
キャプテン経験 クラブ
代表デビュー 2008・3・26
モロッコ戦
代表背番号
W杯メンバー 14年
ニックネーム  
個人タイトル 07/08ベルギー年間最優秀若手選手
08ベルギー年間最優秀選手
チームタイトル 07/08,08/09ベルギーリーグ
10/11ベルギーカップ
11/12ポルトガルリーグ・カップ
14/15ロシアリーグ
14/15ロシアカップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
06/07 スタンダール・リエージュ 28 16
07/08 スタンダール・リエージュ 28 33
08/09 スタンダール・リエージュ 28 33
09/10 スタンダール・リエージュ 28 27
10/11 スタンダール・リエージュ 28 37 10
11/12 ベンフィカ(ポルトガル) 28 29
12/13 ベンフィカ(ポルトガル) 28
12/13 ゼニト(ロシア) 28 19
13/14 ゼニト(ロシア) 28 30
14/15 ゼニト(ロシア) 28 28
15/16 ゼニト(ロシア) 28 29
16/17 ゼニト(ロシア) 28 16
17 天津権健(中国2部) 28    
ボランチをメインに幅広いプレーエリアを誇り、柔らかいテクニックと展開力で局面を打開します。フェライニ同様のアフロに加え、坊主やコーンロウなど様々な髪形で人目を引きます。

カリブ海の仏領マルティニーク島をルーツに持つ父親と、ベルギー人の母親の下に生まれます。地元S・リエージュで成長し、2006年9月17日モレンビーク戦で1部デビューします。
07/08シーズンからフェライニやデフールと共に中核を担うようになり、チームを連覇に導きます。08/09シーズンはリヴァプールの前にチャンピオンズ・リーグ本戦進出はなりませんでしたが、UEFA杯でエヴァートンから得点を挙げて勝利に貢献しました。
09/10シーズンはアーセナルやAZ、オリンピアコスとのチャンピオンズ・リーグ6試合を戦い、その後のヨーロッパリーグではザルツブルクやパナシナイコスから3得点を挙げてベスト8になりました。国内でも2度の1試合2得点など及第点の働きを見せました。翌シーズンは川島が立ちはだかるリールセ戦の2試合で3得点を決めるなど、自己最高の成績を残しました。
各コンペティションでの安定した働きで注目を集め、11/12シーズンにベンフィカと5年契約で移籍、8月12日G・ヴィセンテ戦でリーグデビューしてJ・ガルシアとの中盤を盤石にし、右SBでも機能します。チャンピオンズ・リーグではプレーオフ2ndレグで2得点を決め、グループリーグを首位で通過してマンチェスター・Uを敗退に追い込みベスト8になりました。リーグ杯決勝ではMOMに輝いてチーム4度目の優勝に貢献するなど、瞬く間に主力になりました。
しかし2年目の開幕後にゼニトと5年契約を結び、2012年9月14日T・グロズニー戦でロシアリーグデビュー。S・モスクワ戦で2得点を決めるなど、即戦力となります。2年目のチャンピオンズ・リーグでは勝ち点3が欲しいA・ウィーン戦でレッドカードを受け、チームもスコアレスドローとなりましたが、直後のトム戦で得点を決めて溜飲を下げました。3年目はベンフィカ時代の同僚J・ガルシアやガライとの守備陣を再結成し、国外初のリーグ優勝になりました。
16/17シーズン途中、中国2部天津権健の巨額オファーに応えています。

U−15から各年代でプレーし、2007年のU−21欧州選手権ではベスト4に進出するなど、ユース代表での試合数は40近くとなりました。
2008年3月26日モロッコ戦でのフル代表デビューを自ら得点で飾ると、2010年W杯予選も5試合と定着します。ただ、ボスニア・H戦では退場処分となりました。
2012年欧州選手権予選では9試合出場、オーストリア戦で2得点を挙げるも突破はなりませんでした。2014年W杯予選はフィールドプレーヤーで唯一全10試合にフル出場し、3大会ぶりの出場権を獲ります。本大会でもレギュラーとして4試合戦いベスト8になりました。
2016年欧州選手権予選は8試合、本大会はアイルランド戦でヘッドを決めるなどレギュラーとして5試合プレーし、ベスト8になりました。
代表記録

2013年11月20日:新規アップ 2017年7月4日更新