ウィリアン(WILLIAN)
フルネーム ウィリアン・ボルジェス・ダ・シルヴァ
国籍 ブラジル  
出身地 リベイロン・ピレス
生年月日 1988・8・9
身長 174cm
体重 70kg
利き足
ポジション MF(OMF)
FK PK FK PK
キャプテン経験  
代表デビュー 2011・11・10
ガボン戦
代表背番号 19
W杯メンバー 14年
ニックネーム  
個人タイトル  
チームタイトル 07CONMEBOL南米ユース選手権
07/08,10〜12ウクライナリーグ
07/08,10/11,11/12ウクライナカップ
08/09UEFAカップ
14/15,16/17プレミアリーグ
14/15イングランドリーグ・カップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
06 コリンチャンス 30
07 コリンチャンス 30 11
07/08 シャフタール(ウクライナ) 22 20
08/09 シャフタール(ウクライナ) 22 29
09/10 シャフタール(ウクライナ) 22 22
10/11 シャフタール(ウクライナ) 10 28
11/12 シャフタール(ウクライナ) 10 27
12/13 シャフタール(ウクライナ) 10 14
12/13 アンジ(ロシア) 88
13/14 アンジ(ロシア) 10
13/14 チェルシー(イングランド) 22 25
14/15 チェルシー(イングランド) 22 36
15/16 チェルシー(イングランド) 22 35
16/17 チェルシー(イングランド) 22 34
17/18 チェルシー(イングランド) 22    
2列目やWGの位置からフィジカルコンタクトを避けるべく、軽やかなドリブルで相手を手玉に取ります。また、正確なFKでもハイライトを演出するブラジル代表アタッカーです。

9歳でコリンチャンスに入ります。2006年にトップへ昇格し、やがて10番を託されます。マスチェラーノ、アモローゾ、テベスらから学び、心身両面の研鑽に励みました。
国際舞台での活躍もあり、07/08シーズンにシャフタールと5年契約します。攻撃陣にブラジル人が多く瞬く間に順応。フェルナンヂーニョやジャジソンと共にイタリア代表FWルカレッリを支え、リーグに20試合出場して2冠を達成しました。2年目はD・キエフ戦やチェルノモレツ戦など5得点を挙げます。チャンピオンズ・リーグは3位になりましたが、先発起用された終盤の3試合で1得点2アシストと結果を残しました。UEFA杯では9試合に出場、準決勝D・キエフ、決勝ブレーメン戦で3連続アシストを決めてウクライナ勢の初優勝に貢献しました。
4年目はチャンピオンズ・リーグに10試合出場。ローマとのR162ndレグで2得点を挙げてクラブ初のベスト8進出に貢献し、国内ダブルでリーグMVPと最高の結果を残しました。5年目はゼニト相手に1点取りますが、アポエルの躍進もありグループリーグで敗退しました。
6年目のチャンピオンズ・リーグでは、アウェーのチェルシー戦で2得点と後の5年契約につながるプレーを披露、アンジではリーグ戦2年で1得点4アシストにとどまりました。
2013年10月6日、ノーリッジとのプレミアデビュー戦で得点します。2年目はアストン・ヴィラとのリーグ、シャルケとのチャンピオンズ・リーグで1得点1アシスト、リヴァプールとのリーグ杯で決勝アシスト、エヴァートンとのリーグで決勝点をマーク。アザール、オスカル、D・コスタ、セスクとの攻撃で、3年目は国内リーグでニューカッスル戦など5得点6アシストで優勝。チャンピオンズ・リーグでもD・キエフやM・テル・アヴィヴ戦のFKなど5得点を挙げました。
4年目はストーク戦の2得点など自己最多の8得点で2年ぶりの優勝に貢献。FA杯も4得点を挙げ、アーセナルとの決勝でもD・コスタをアシストしますが、直後に勝ち越されました。

2007年は南米ユース選手権を制し、U−20W杯ではパトなどと共に3試合出場してベスト8になりました。2011年11月10日ガボン戦でフル代表にデビューしました。
地元での2014W杯は5試合出ますがベンチスタートが多く、決定機を作れませんでした。翌年のコパ・アメリカではベネズエラ戦でフィルミーノへのアシストなど4試合に出場しました。2016年コパ・アメリカCは3試合に先発しました。
代表記録

2017年9月29日:新規アップ