ファン・バルガス(Juan VARGAS)
フルネーム ファン・マヌエル・バルガス・リスコ
国籍 ペルー
出身地 リマ
生年月日 1983・10・5
身長 184cm
体重 84kg
利き足
ポジション MF(LMF)
FK PK FK PK
キャプテン経験 代表
代表デビュー 2004・10・13
パラグアイ戦
代表背番号
W杯メンバー  
ニックネーム
個人タイトル  
チームタイトル  
所属クラブおよび背番号 出場 得点
02 ウニベルシタリオ
03 ウニベルシタリオ 25
04 ウニベルシタリオ 41
04/05 コロン(アルゼンチン) 3 18
05/06 コロン(アルゼンチン) 3 36
06/07 カターニャ(イタリア) 7 33
07/08 カターニャ(イタリア) 7 36
08/09 フィオレンティーナ(イタリア) 6 27
09/10 フィオレンティーナ(イタリア) 6 29
10/11 フィオレンティーナ(イタリア) 6 24
11/12 フィオレンティーナ(イタリア) 6 24
12/13 ジェノア(イタリア) 8 20
13/14 フィオレンティーナ(イタリア) 66 24
14/15 フィオレンティーナ(イタリア) 66 19
15/16 ベティス(スペイン) 11 20
17 ウニベルシタリオ 6    
強靭なフィジカルに高精度のキックやボールコントロールなど、R・カルロスをほうふつとさせる攻撃力を誇るペルー代表左サイドアタッカーです。

強豪ウニベルシタリオにて、2002年11月24日シエンシアーノ戦で国内リーグにデビューします。2年目から主力に定着し、3シーズンで69試合8得点の成績を残しました。
04/05シーズンにコロンへ移籍します。よりレベルの高いアルゼンチンリーグでも主力として成果を挙げ、23年ぶりにセリエAに昇格したカターニャへ引き抜かれます。
2006年9月17日アタランタ戦でセリエAデビューを果たし、左SBとして33試合に出場。2年目はアウェーのシエナ戦など、シーズン通算5得点を挙げると共に司令塔としての役割を果たし、コッパ・イタリアでも準決勝にまで勝ち進みました。
カターニャのセリエA残留を置き土産にフィオレンティーナと5年契約を結びます。チャンピオンズ・リーグにも予備予選から本戦でも無得点でしたが合計7試合に出場しました。国内リーグでは終盤に3点を取り、いずれも勝利に貢献、特にローマ相手の勝利は2年連続のチャンピオンズ・リーグ出場権獲得に語り落とせない出来事となりました。
09/10シーズンは、ムトゥ、ジラルディーノ、ヨヴェティッチらと共にチャンピオンズ・リーグで躍動、グループリーグではリヨン戦で得点、リヴァプール戦など合計4アシストで決勝トーナメントに進みます。そして準優勝するバイエルン相手に一矢報いる点を取るなど存在感を見せました。国内では過密日程により順位を下げましたが、ユヴェントス戦など5点を取りました。
10/11シーズンはケガが頻発したものの、ミランやウディネーゼ戦など上位相手の得点に5アシストと要所で結果を残します。翌シーズンは無得点に終わるも7アシストを決めました。
12/13シーズンにジェノアへレンタルされますが、無得点1アシストに終わりました。復帰したフィオレンティーナではクアドラードやパスクアルの存在によりレギュラー定着はなりませんでしたが、リーグ戦ではパルマ、ミラン、ヴェローナ、ローマ、ナポリとの国内カップ決勝で得点と内容のある仕事を見せました。2年目もリーグこそ苦しみますが、ヨーロッパリーグでは9試合に出場、D・キエフとの準々決勝2ndレグで得点を決めてベスト4に進みました。
15/16シーズンにベティスへ移籍し、8月23日ビジャレアル戦でリーガデビュー。グラナダ戦で2枚イエローをもらいますが、20試合で2得点を挙げて10位で終えました。
17シーズンに古巣に復帰しています。

2004年10月13日パラグアイ戦で代表デビューを果たします。2年後のW杯予選はこの試合を含め5試合にプレーしますが、本大会には進めませんでした。
2010年W杯予選では15試合2得点と活躍しましたが、再び出場権を逸しました。翌年のコパ・アメリカでは4試合戦ってコロンビア戦で得点を挙げて勝利に貢献しましたが、続くウルグアイ戦でレッドを受けて敗戦の一因となりました。
2014年W杯予選は11試合戦いますが、無得点に終わりました。翌年のコパ・アメリカは5試合に出場し、準決勝で開催国チリに敗れました
代表記録

※:エル・ロコ=狂人
2011年1月16日:新規アップ 2017年6月15日更新