ベルト・ファン・マルヴァイク(Bert VAN MARWIJK)
フルネーム ランベルタス・ファン・マルヴァイク
国籍 オランダ  
出身地 デフェンター
生年月日 1952・5・19
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
経歴 1997〜00 フォルトゥナ・シッタート
2000〜04 2007〜08 フェイエノールト
2004〜06 ドルトムント(ドイツ)
2008〜12 オランダ代表
2013〜14 ハンブルガーSV(ドイツ)
2015〜   サウジアラビア代表
獲得タイトル 01/02UEFAカップ
07/08オランダカップ
選手時代は左サイドアタッカーとしてプレー。国内リーグ393試合に出場し、AZ所属時の77/78シーズンには国内カップを制しました。代表は1975年に記録した1試合のみです。

自らを「現実主義者」と称して現有戦力に合った布陣を敷きます。スピーディーなサイド攻撃を重視し、概ねオランダ伝統の4−3−3や4−2−3−1を使用します。
厳格な面も持ちながら選手と正面から向き合い、有望な若手にはためらいなく出場機会を与えるなど育成の手腕も備えています。
オランダ語で「おじいさん」を表す「ベルタス」の愛称で親しまれており、代表で主将を務めるファン・ボメルの義理の父親であることも知られています。

1982年、MVVにて選手として活躍する一方で若手育成を任されるなど、若くして指導者キャリアが始まります。1988年に現役を引退すると監督に専念し、小クラブで経験を積みました。
1997年にフェルベーク監督の後任としてフォルトゥナのトップに就任。後に磐田でプレーするGKファン・ズワムやMFファン・ボメルらを擁して11位のチームを7位に引き上げますが、その後2年はいずれも2ケタ順位に甘んじました。それでも2年目は国内カップ決勝に進出しました。
00/01シーズンにフェイエノールトに就任。クラブが若手を育てる方向へ路線変更したため、オーストラリア代表エマートン以外は目立った補強はありませんでした。リーグ2位にはなったものの、優勝したPSVとは直接対決で連敗、勝ち点差17という屈辱的な結果となりました。
01/02シーズンは小野がレギュラーに定着。また、ファン・ホーイドンクはトマソンと2トップを結成、国内リーグでは二人でチームの総得点68の半分以上となる41得点をたたき出すなど補強が当たります。UEFA杯でも準々決勝でPSV、準決勝でインテルを下すと、決勝では2トップによる3得点でドルトムントを退け、73/74シーズン以来2度目の優勝を果たしました。
02/03シーズンは、ミランに引き抜かれたトマソンの穴をベルギー代表ブッフェルが18得点と穴を埋め、2年目のファン・ペルシやB・カルーが機能して3位になりました。
03/04シーズンはエマートン、ボスフェルト、ファン・ホーイドンクと多くの主力が引き抜かれてチームの再構築を余儀なくされ一時は10位に順位を落としましたが、新加入のFWカイトが20得点を挙げる活躍を見せたこともあり、最終的には3位に順位を上げました。
04/05シーズンにUEFA杯決勝を戦ったドルトムントに就任。古巣フェイエノールトからポーランド代表スモラレクを引き抜きます。既存のエヴェルトンとの両WGとCFコレル、司令塔ロシツキによる攻撃で、開幕から11試合ホーム未勝利という状況を跳ね返して7位となりました。2年目は3トップのエヴェルトンが退団し、コレルが離脱します。苦境の中スモラレクが13得点を挙げ、MFシャヒンがトップデビューしました。しかし着任当初からクラブは財政難が続き、3年目にはリーグ優勝を知るロシツキとコレルを売却して戦力がダウン、途中で辞任しました。
07/08シーズンにフェイエノールトに復帰し、ファン・ブロンクホルスト、マカーイと大型補強に成功。リーグでは6位でしたが国内カップを制し、クラブ創立100周年に花を添えました。
2008年にオランダ代表に就任し、代表で主将を務めたコクーとF・デブールをコーチに据えてチームがスタートします。2010年W杯予選ではファン・バステン監督との確執で代表を離れていた女婿のファン・ボメルを復帰させて主将に指名し、マンチェスター・Cで主力を張るN・デヨングとのハードワークにより攻撃意識の強いロッベン、スナイデル、カイト、ファン・ペルシが持ち味を発揮、比較的楽な組み合わせだったこともあって全勝で通過しました。
本戦では日本などにグループリーグで3連勝します。決勝トーナメントに入り、スロヴァキア戦で先発に復帰したロッベンが結果を残します。続くブラジル戦はスナイデルの2得点で逆転勝ちしました。準決勝ではこの二人が終盤に立て続けにネットを揺らしてウルグアイを振り切り、1974年大会以来の決勝に進みます。スペインとの決勝はイエローが飛び交う荒れた展開になります。その中でロッベンが2度の好機を逸し、CBハイティンハが退場して数的不利になるなど攻守に精彩を欠いて流れを失い、116分にイニエスタの決勝弾を浴びました。
2012年欧州選手権予選は首位通過を果たします。しかしスタメンを固定したことにより、予選で12得点を挙げたフンテラールなどの起用法に窮してチームのポテンシャルを出し切れず、デンマーク、ドイツ、ポルトガルに3連敗を喫して退任しました。
13/14シーズンには3人目の監督としてハンブルガーSVに就任しますが、7連敗含む9敗を喫するなど降格圏に低迷して解任されました。
2015年8月にサウジアラビア代表に就任しています。

2016年11月15日:新規アップ

01/02フェイエノールト(UEFA杯優勝)
ファン・ホーイドンク トマソン
ファン・ペルシ B・カルー
小野伸二 ボスフェルト
ジョンサ エマートン
パーウヴェ ファン・ヴォンデレン
  ズーテビール  

04/05ドルトムント
 コレル 
スモラレクエヴェルトン
クリンゲロシツキ
 ケール 
デーデーメッツェルダー
ヴェアンスプルチェンスカ
 ヴァイデンフェラー 

07/08フェイエノールト(国内カップ優勝)
  マカーイ  
ブラインス デ・グズマン
ジオ ランザート
  シャヒン  
デクレル ルシウス
ホフラント A・ヴァイア
  ティンメル  

10オランダ代表(W杯準優勝)
  ファン・ペルシ  
  スナイデル  
カイト ロッベン
N・デヨング ファン・ボメル
ジオ ファン・デル・ヴィール
マタイセン ハイティンハ
  ステケレンブルフ  

12オランダ代表(欧州選手権出場)
  ファン・ペルシ  
  スナイデル  
アフェライ ロッベン
N・デヨング ファン・ボメル
ウィレムス ファン・デル・ヴィール
フラール ハイティンハ
  ステケレンブルフ