クリスティアン・ストゥアニ(Christian STUANI)
フルネーム クリスティアン・リカルド・ストゥアニ・クルベロ
国籍 ウルグアイ※  
出身地 タラ
生年月日 1986・10・12
身長 186cm
体重 77kg
利き足
ポジション FW(CF)
FK PK PK
キャプテン経験  
代表デビュー 2012・11・14
ポーランド戦
代表背番号 11
W杯メンバー 14年 18年
ニックネーム タラのマタドール
個人タイトル 04ウルグアイリーグ
チームタイトル 07/08ウルグアイリーグ得点王
所属クラブおよび背番号 出場 得点
04 ダヌービオ
05/06 ダヌービオ 20
06/07 ダヌービオ
06/07 ベラ・ビスタ 14 12
07/08 ダヌービオ 14 19
07/08 レッジーナ(イタリア) 9 12
08/09 レッジーナ(イタリア) 86
09/10 アルバセテ(スペイン2部) 18 39 23
10/11 レバンテ(スペイン) 22 30
11/12 ラシン・サンタンデール(スペイン) 22 32
12/13 エスパニョール(スペイン) 8 32
13/14 エスパニョール(スペイン) 8 34
14/15 エスパニョール(スペイン) 8 37 12
15/16 ミドルスブラ(イングランド2部) 18 36
16/17 ミドルスブラ(イングランド) 18 23
17/18 ジローナ(スペイン) 7 33 21
18/19 ジローナ(スペイン) 7 32 19
19/20 ジローナ(スペイン2部) 7    
強いフィジカルとポジショニングセンスによりターゲットになるのが主な役割ですが、自らも正確なキックでネットを揺らすウルグアイ代表ストライカーです。

ダヌービオにて17歳でデビューし、2年目はカバーニやガルガーノと共に出番を得ます。その後コロンビア代表リカルドの加入もありベラ・ビスタにレンタルされ初の2ケタ得点を達成。ダヌービオに戻った07/08シーズンは19得点でポルタと得点王を分け合いました。
シーズン途中でレッジーナと4年契約を結び、2008年1月12日エンポリ戦でセリエAに初出場。続くカリアリ戦で初アシストと早くも結果を残しますが、コッラーディやブリエンツァの存在によりスーパーサブが役割になりました。2年目は最終節シエナ戦で得点を決めました。
09/10シーズンにアルバセテへレンタル移籍します。元リーガ得点王サルバとのコンビで2度のハットトリックを決めるなど大いに活躍しますが、昇格には届きませんでした。
10/11シーズンにレバンテへレンタル移籍し、9月12日ヘタフェ戦でリーガにデビューします。エクアドル代表カイセドの存在もあってベンチスタートがほとんどでしたが、バルサやマラガ相手の2得点など計8得点を挙げました。カップでもシェレス戦で2点を挙げました。
ラシンでもベティスやオサスナに相性の良さを見せるなど9得点。カップ戦も4試合戦い、R・バジェカーノ戦の両試合で2点とチームが変わってもコンスタントに働きました。
12/13シーズンにエスパニョールと4年契約します。R・バジェカーノ戦で決勝弾、レバンテ戦で1得点1アシスト、ベティス戦で決勝アシスト、R・マドリー戦で先制点を挙げました。2年目もR・バジェカーノ戦で1得点1アシスト、バジャドリー戦で2得点しました。3年目もアルメニア戦の2得点やR・マドリー戦の一矢など、S・ガルシアと共にチームをけん引しました。
その後ミドルスブラに入団します。リーグ杯では2試合連続で2得点を挙げました。リーグ戦は前半戦の7得点にとどまりましたが、プレミア昇格を達成しました。
2016年8月21日サンダーランド戦の同リーグデビュー戦を2得点で飾り、CFネグレドと前線を組みますが、その後は結果が出ずチームも19位で降格しました。
その後リーガに戻ります。A・マドリーとの開幕戦で2得点を挙げ、セルタ戦からR・マドリー戦を含む5連発、ビジャレアル戦からの3連発、最終節の2得点など1部での自己最多となる21得点を挙げ、昇格組にして10位になりました。2年目もビジャレアル戦で決勝点を挙げると、セルタ、バルサと2戦連続で2得点と出色の働きを披露しました。
3年目はバルサ戦など5度の1試合2得点や、R・マドリー戦のPKなどリーグ5位の19得点を挙げ、最終的に降格するチームで奮闘しました。

2012年11月14日ポーランド戦にて26歳で代表デビューしますが、スアレス、カバーニというダブルエースの前に出場機会が限られるキャリアとなります。
2014年W杯予選は3試合戦いコロンビア戦でダメ押しすると、ヨルダンとの大陸間プレーオフでも2点目を挙げて出場権を獲りました。本戦は4試合で無得点に終わりました。2018年大会予選は9試合で2アシストしますが、2試合に出た本戦は不発に終わりました。
コパ・アメリカは2015年に2試合、翌年は1試合の出場で無得点でした。2019年大会も1試合の途中出場に終わっています。
代表記録

※:イタリア国籍もあり
2018年10月16日:新規アップ 2019年7月4日更新