| セバスティアーノ・ロッシ(Sebastiano ROSSI) | |||||||||||||||||||||||||||||
| フルネーム | セバスティアーノ・ロッシ | ||||||||||||||||||||||||||||
| 国籍 | イタリア | ||||||||||||||||||||||||||||
| 出身地 | チェゼーナ | ||||||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1964・7・20 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 194cm | ||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 89kg | ||||||||||||||||||||||||||||
| 利き足 | 右 | ||||||||||||||||||||||||||||
| ポジション | GK | ||||||||||||||||||||||||||||
| FK PK | |||||||||||||||||||||||||||||
| キャプテン経験 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 代表デビュー | |||||||||||||||||||||||||||||
| 代表背番号 | |||||||||||||||||||||||||||||
| W杯メンバー | |||||||||||||||||||||||||||||
| ニックネーム | |||||||||||||||||||||||||||||
| 個人タイトル | |||||||||||||||||||||||||||||
| チームタイトル | 90FIFAインターコンティネンタル・カップ | ||||||||||||||||||||||||||||
| 91/92,92/93,93/94,95/96,98/99セリエA | |||||||||||||||||||||||||||||
| 93/94UEFAチャンピオンズ・リーグ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 所属クラブおよび背番号 | 出場 | 得点 | |||||||||||||||||||||||||||
| 81/82 チェゼーナ | 0 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 82/83 フォルリ(3部) | 11 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 83/84 チェゼーナ(2部) | 0 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 84/85 エンポリ(2部) | 0 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 85/86 ロンディネッラ(2部) | 28 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 86/87 チェゼーナ(2部) | 33 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 87/88 チェゼーナ | 27 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 88/89 チェゼーナ | 33 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 89/90 チェゼーナ | 34 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 90/91 ミラン | 9 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 91/92 ミラン | 30 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 92/93 ミラン | 27 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 93/94 ミラン | 31 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 94/95 ミラン | 34 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 95/96 ミラン 1 | 34 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 96/97 ミラン 1 | 26 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 97/98 ミラン 1 | 17 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 98/99 ミラン 1 | 13 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 99/00 ミラン 1 | 5 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 00/01 ミラン 1 | 14 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 01/02 ミラン 1 | 0 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 02/03 ペルージャ 27 | 12 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 恵まれた体躯に加え、俊敏性や反射神経も兼備するなど広い守備範囲を誇り、PKストップも得意とする1990年代におけるミランの正守護神です。 バスケットボールでも才能を発揮しましたが、15歳の時に地元チェゼーナに入りカルチョに専念。フォルリ、エンポリ、ロンディネッラにレンタルされた後86/87シーズンに復帰します。 このシーズンは自己最多の33試合に出てセリエA昇格を果たし、87/88シーズンの9月13日、開幕ナポリ戦でセリエAデビューを果たします。ミランの「オランダ・トリオ」やインテルの「ドイツ・トリオ」、ユヴェントスのM・ラウドルップ、サンプドリアのマンチーニ、ヴィアッリ、そしてマラドーナが君臨するナポリと強敵がそろう中、3年連続でのセリエA残留を果たしたのです。 そしてガッリの後釜としてミランへ移ります。初年度はバッツァーリにポジションを譲ったものの、アントニオーリとの争いを制し正守護神に定着してスクデットを獲得。翌シーズンは第16節カリアリ戦から第25節フォッジャ戦まで929分連続無失点を続け、72/73シーズンにゾフが作った903分の記録を更新しました。チャンピオンズ・リーグも獲得するなど、バレージ、コスタクルタ、マルディーニ、タソッティとの守備で、サッキ、カペッロ監督の戦術を具現化させました。 96/97シーズンから出場機会が減り始め、98/99シーズンにザッケローニ監督がアッビアーティを重用するようになります。また、ペルージャ戦で相手FWブッキに暴行を加え5試合の出場停止処分を受けたこともあって控えに降格しました。 その後マルディーニ監督の下で持ち直しますが、01/02シーズンにはテリム、アンチェロッティ両監督からもチャンスを得られず退団、ペルージャで12試合プレーして現役を引退しました。 クラブレベルで多くのタイトルを獲得しましたが、パリュウカ、ペルッツィ、トルド、マルケジャーニと選手層が厚すぎたこともあり、代表でのプレーはありませんでした。 代表記録 2013年4月14日:新規アップ |
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