シモン・ロルフェス(Simon ROLFES) | |||||||||||||||||||||||||||||
フルネーム | シモン・ロルフェス | ||||||||||||||||||||||||||||
国籍 | ドイツ | ||||||||||||||||||||||||||||
出身地 | イベンビューレン | ||||||||||||||||||||||||||||
生年月日 | 1982・1・21 | ||||||||||||||||||||||||||||
身長 | 191cm | ||||||||||||||||||||||||||||
体重 | 83kg | ||||||||||||||||||||||||||||
利き足 | 左 | ||||||||||||||||||||||||||||
ポジション | MF(DMF) | ||||||||||||||||||||||||||||
FK PK | PK | ||||||||||||||||||||||||||||
キャプテン経験 | クラブ | ||||||||||||||||||||||||||||
代表デビュー | 2007・3・28 デンマーク戦 |
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代表背番号 | 6 | ||||||||||||||||||||||||||||
W杯メンバー | |||||||||||||||||||||||||||||
ニックネーム | |||||||||||||||||||||||||||||
個人タイトル | |||||||||||||||||||||||||||||
チームタイトル | |||||||||||||||||||||||||||||
所属クラブおよび背番号 | 出場 | 得点 | |||||||||||||||||||||||||||
00/01 ブレーメンU(3部) | 26 | 5 | |||||||||||||||||||||||||||
01/02 ブレーメンU(3部) | 31 | 7 | |||||||||||||||||||||||||||
02/03 ブレーメンU(3部) | 17 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
02/03 ロイトリンゲン(2部) | 13 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
03/04 ブレーメンU(3部) | 26 | 4 | |||||||||||||||||||||||||||
04/05 アレマニア・アーヘン(2部) 8 | 28 | 3 | |||||||||||||||||||||||||||
05/06 レヴァークーゼン 6 | 32 | 7 | |||||||||||||||||||||||||||
06/07 レヴァークーゼン 6 | 34 | 3 | |||||||||||||||||||||||||||
07/08 レヴァークーゼン 6 | 34 | 8 | |||||||||||||||||||||||||||
08/09 レヴァークーゼン 6 | 33 | 3 | |||||||||||||||||||||||||||
09/10 レヴァークーゼン 6 | 11 | 4 | |||||||||||||||||||||||||||
10/11 レヴァークーゼン 6 | 28 | 5 | |||||||||||||||||||||||||||
11/12 レヴァークーゼン 6 | 31 | 3 | |||||||||||||||||||||||||||
12/13 レヴァークーゼン 6 | 30 | 3 | |||||||||||||||||||||||||||
13/14 レヴァークーゼン 6 | 31 | 4 | |||||||||||||||||||||||||||
14/15 レヴァークーゼン 6 | 24 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
機を見た走り込みや強烈なミドルといった攻撃力と恵まれた体躯、戦術眼を兼ね備え、レヴァークーゼンの英雄バラックの後継者と目されています。 教師である親の下3人兄弟の末子として生まれます。レッケで13年過ごし17歳でブレーメンに入団、MFボロウスキやパラグアイ代表FWバルデスと共にトップを目指します。 3年目の途中でロイトリンゲンへレンタル移籍しますが、リザーブでは主力を務めました。トップのベンチに入ったこともありましたが、デビューはなりませんでした。 2部アーヘンでは28試合3得点の成績を残し、UEFA杯でもAZ戦でプレー。その後レヴァークーゼンに引き抜かれ、2005年8月7日フランクフルト戦でブンデスにデビューします。 ケルンと古巣ブレーメン戦で連発し、ボルシアMGとの両試合で3得点と1年目から素晴らしい結果を残します。2年目は開幕戦でアーヘンに恩返しし、ボルシアMG戦で決勝アシスト、ドルトムント戦で決勝点を挙げ、3年目は2度の1試合2得点など自己最多の8得点を挙げ、2年連続で全試合に出場しました。UEFA杯でも2年連続でベスト8になりました。 ビダルやR・アウグストといった南米勢の加入もあって中盤の構成力も高まり、4年目にキャプテンに就任するなどキャリアが充実、5年目はフライブルク戦で2アシスト、ヴォルフスブルク戦で2得点、ケルン戦から2連発と活躍を続けていましたが、ヒザにメスを入れました。 6年目に戦列に戻った後は、ブレーメンとの2戦で1得点1アシスト、ヴォルフスブルク戦の2得点、S・パウリ戦の決勝点と復調してクラブを2位に導きました。7年目はブレーメン戦で決勝アシスト。チャンピオンズ・リーグではR16バルサ戦で大敗しますが、一矢を演出しました。 8年目はシャルケ戦から3試合連続で得点に絡んで3連勝に貢献し、終盤のバイエルン戦でも一時同点に追いつく得点を挙げました。9年目のチャンピオンズ・リーグではマンチェスター・U、シャフタール、R・ソシエダから3連発しますが、R16でPSGに敗れました。 10年目はベンチスタートが増え、シーズンいっぱいで現役を退きました。 代表デビューは2007年3月28日デンマークとの親善試合。翌年の欧州選手権予選は終盤の4試合に出場。本戦ではフリンクスの負傷により準々決勝と準決勝に先発しました。 2010年W杯予選では6試合に出てリヒテンシュタイン戦で初得点を挙げますが、手術からの回復が間に合わず、本大会出場はなりませんでした。 代表記録 26試合2得点 2017年11月8日:新規アップ |