| カルステン・ラメロウ(Carsten RAMELOW) | |||||||||||||||||||||||||||||
| フルネーム | カルステン・ラメロウ | ||||||||||||||||||||||||||||
| 国籍 | ドイツ | ![]() |
|||||||||||||||||||||||||||
| 出身地 | ベルリン | ||||||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1974・3・20 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 185cm | ||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 80kg | ||||||||||||||||||||||||||||
| 利き足 | 右 | ||||||||||||||||||||||||||||
| ポジション | MF(DMF) | ||||||||||||||||||||||||||||
| FK PK | |||||||||||||||||||||||||||||
| キャプテン経験 | クラブ | ||||||||||||||||||||||||||||
| 代表デビュー | 1998・10・10 トルコ戦 |
||||||||||||||||||||||||||||
| 代表背番号 | 5 21 | ||||||||||||||||||||||||||||
| W杯メンバー | 02年 | ||||||||||||||||||||||||||||
| ニックネーム | |||||||||||||||||||||||||||||
| 個人タイトル | |||||||||||||||||||||||||||||
| チームタイトル | |||||||||||||||||||||||||||||
| 所属クラブおよび背番号 | 出場 | 得点 | |||||||||||||||||||||||||||
| 91/92 ヘルタ・ベルリン | 2 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 92/93 ヘルタ・ベルリン | 3 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 93/94 ヘルタ・ベルリン | 27 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 94/95 ヘルタ・ベルリン | 31 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 95/96 ヘルタ・ベルリン | 17 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 95/96 レヴァークーゼン 28 | 15 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 96/97 レヴァークーゼン 28 | 32 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 97/98 レヴァークーゼン 28 | 33 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 98/99 レヴァークーゼン 28 | 27 | 4 | |||||||||||||||||||||||||||
| 99/00 レヴァークーゼン 28 | 26 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 00/01 レヴァークーゼン 28 | 32 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 01/02 レヴァークーゼン 28 | 32 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 02/03 レヴァークーゼン 28 | 32 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 03/04 レヴァークーゼン 28 | 31 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 04/05 レヴァークーゼン 28 | 31 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 05/06 レヴァークーゼン 28 | 25 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 06/07 レヴァークーゼン 28 | 13 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 07/08 レヴァークーゼン 28 | 4 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| フィジカルに優れ、危機察知能力やボール奪取能力といった堅実なプレーでチームに安心感をもたらすボランチ。攻守のバランスが良く、CBでも本職にそん色のないレベルを誇ります。 地元H・ベルリンのユースチームからキャリアが始まり、95/96シーズン途中にレヴァークーゼンに移籍します。翌96/97シーズンよりレギュラーとしてプレーし、ノヴォトニー、R・コヴァチ、ルシオといった世界でも指折りの最終ラインを形成しました。 毎年バイエルンと激しい優勝争いを繰り広げましたが、タイトル獲得に至らなかったのは残念でした。特に01/02シーズンはノヴォトニーが一時期戦列を離れたため、代わりにディフェンスラインを統率します。持ち前の高い守備センスは不慣れなポジションでも発揮され、リーグ、カップ、11試合に出場したチャンピオンズ・リーグではいずれも2位の成績を残しました。 02/03シーズンのチャンピオンズ・リーグは9試合出場しましたが、国内リーグは過密日程により低迷します。しかし最終的に降格を回避し、その後も毎年30試合を計算できるプレーでチームに落ち着きをもたらし、キャプテンも務めてチームの精神的支柱として活躍しました。 07/08シーズンを最後に現役生活に終止符を打っています。 1993年Wユースでは3試合出場。フル代表デビューは1998年10月10日トルコ戦で、2年後の欧州選手権のメンバーになりますが、ハマンらの活躍により出番はありませんでした。 しかし2002年W杯予選では9試合に出場して本戦出場権を獲得します。カメルーン戦では退場になったものの、5試合CBを務めて下馬評の低かったチームを準優勝に導いたのです。 その後2度目の欧州選手権予選は全8試合に出場しましたが、ヒザを傷めて本大会メンバーに選出されず、代表から退きました。 代表記録 46試合3得点 2007年1月18日:新規アップ 2015年8月1日更新 |
|||||||||||||||||||||||||||||