ジェラール・ピケ(Gerard PIQUE)
フルネーム ジェラール・ピケ・ベルナベウ
国籍 スペイン  
出身地 バルセロナ
生年月日 1987・2・2
身長 193cm
体重 85kg
利き足
ポジション DF(CB)
FK PK  
キャプテン経験  
代表デビュー 2009・2・11
イングランド戦
代表背番号
W杯メンバー 10年 14年
18年
ニックネーム  
個人タイトル   09/10リーガ・エスパニョーラ最優秀DF
10〜12,16FIFA/FIFProベストイレブン
10〜12,15,16UEFAベストイレブン
12UEFA欧州選手権ベストイレブン
14/15,15/16リーガ・エスパニョーラベストイレブン
14/15UEFAチャンピオンズ・リーグベストイレブン
チームタイトル 05/06イングランドリーグ・カップ
06UEFAU−19欧州選手権
07/08プレミアリーグ
08,09,11,15UEFAチャンピオンズ・リーグ
08UEFA欧州選手権
09,11,15FIFAクラブワールドカップ
09〜11,13,15,16,18リーガ・エスパニョーラ
09,12,15〜18コパ・デル・レイ
10FIFAワールドカップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
03/04 バルセロナ
04/05 マンチェスター・ユナイテッド(イングランド) 28
05/06 マンチェスター・ユナイテッド(イングランド) 28
06/07 サラゴサ(スペイン) 18 22
07/08 マンチェスター・ユナイテッド(イングランド) 19
08/09 バルセロナ 3 25
09/10 バルセロナ 3 32
10/11 バルセロナ 3 31
11/12 バルセロナ 3 22
12/13 バルセロナ 3 28
13/14 バルセロナ 3 26
14/15 バルセロナ 3 27
15/16 バルセロナ 3 30
16/17 バルセロナ 3 25
17/18 バルセロナ 3 30
18/19 バルセロナ 3    
スピードこそ欠けますが、恵まれた体躯での人に対する強さ、技術、試合を読む力も備えており、本来のCBのみならず守備的なポジションを複数こなす柔軟性もあります。
その高い資質で地元紙からドイツの皇帝の名をとり「ピッケンバウアー」と評されています。

バルセロナに生まれ育ち、10歳の時に祖父アマドールが幹部を務める同クラブのカンテラに入団します。そしてメッシやセスクらと共に成長して03/04シーズンにトップに昇格しますが、プジョール、マルケス、コクーと豊富な選手層の前に出番はありませんでした。
17歳でマンチェスター・Uに移籍し、2006年3月29日にG・ネヴィルの代わりに右SBとしてプレミアデビューを果たしますが、わずか3試合にとどまりました。
それでもファーガソン監督の指導を生かし、06/07シーズンにレンタルされたサラゴサでは守備的MFとして起用されるなどプレーの幅を広げたこともあり22試合に出場しました。
復帰したマンチェスター・Uでは9試合に出場。チャンピオンズ・リーグでもD・キエフ戦とローマから2点を挙げて2冠獲得に貢献しました(決勝は不出場)。
それでもファーディナンドやヴィディッチの壁は厚く、08/09シーズンにバルサに復帰します。マルケスやG・ミリートの離脱もあり先発に定着してプジョールと最終ラインを守ります。国内カップはエスパニョール戦、リーグはアウェーのクラシコと2つのダービーで得点を奪いました。チャンピオンズ・リーグでも12試合に先発し、スペイン史上初の3冠達成に貢献しました。
09/10シーズンのチャンピオンズ・リーグでは、グループリーグと準決勝でインテルから2点を取りますが、結果的に敗れました。12/13シーズンの同大会では準決勝2ndレグでオウンゴールするなどバイエルンに計7失点する失意の結果に終わり、翌シーズンもミラン戦でオウンゴールします。このときは事なきを得たものの、ベスト8にとどまりました。しかし14/15シーズンはバイエルンとの準決勝2ndレグ以外は全勝して自身2度目の3冠を果たしました。翌シーズンはホームのクラシコで先制するものの、逆転負けを喫しました。17/18シーズンはホームのクラシコでオウンゴールを喫して敗れますが、バルセロナ・ダービーで連発しました。

U−17欧州選手権は1試合1得点で準優勝、U−19欧州選手権は4試合2得点で優勝、U−20W杯は5試合1得点でベスト8とユースレベルで結果を残しました。
2009年2月11日イングランド戦との親善試合でフル代表デビューします。コンフェデはその後2大会連続で8試合出ますが、いずれもタイトルには届きませんでした。
2010年W杯予選ではトルコ戦での代表初得点など3点を挙げて出場権獲得に貢献。本大会でも全7試合に先発して初優勝を果たしました。
2012年欧州選手権予選はスコットランド戦でオウンゴールを喫するなど3試合にとどまりましたが、本大会では6試合で2失点にとどめて母国のメジャータイトル3連覇に貢献しました。
5試合予選を戦った2014年W杯は、オランダとの初戦で5失点して以来出場機会がないまま終わりました。2016年欧州選手権予選はスロヴァキアに2失点しますが、その後は7試合を完封しました。本大会はチェコ戦で終了間際にヘッドで決勝点を挙げますが、クロアチアに負けて2位通過となります。その後前回の決勝の相手イタリアに2失点して敗れました。
2018年W杯予選は8試合に出場。本大会ではポルトガル戦でC・ロナウドにハットトリックを献上、モロッコとロシアにも引き分けるなど精彩を欠き、終了後に引退しました。
代表記録

余談
・異なるクラブでチャンピオンズ・リーグを連覇したのは、デサイー(92/93マルセイユ、93/94ミラン)、P・ソウザ(95/96ユヴェントス、96/97ドルトムント)に続き3人目です。
2017年2月24日:新規アップ 2018年8月18日更新