エンソ・ペレス(Enzo PEREZ)
フルネーム エンソ・ニコラス・ペレス
国籍 アルゼンチン  
出身地 マイプ
生年月日 1986・2・22
身長 177cm
体重 79kg
利き足
ポジション MF(OMF)
FK PK PK
キャプテン経験  
代表デビュー 2009・9・30
ガーナ戦
代表背番号
W杯メンバー 14年
ニックネーム  
個人タイトル 13/14ポルトガルリーグ年間最優秀選手
チームタイトル 09コパ・リベルタドーレス
10/11アルゼンチンリーグ
13/14ポルトガルリーグ
13/14ポルトガルカップ
13/14ポルトガルリーグ・カップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
04/05 ゴドイ・クルス(2部) 8 22
05/06 ゴドイ・クルス(2部) 8 32
06/07 ゴドイ・クルス 8 30
07/08 エストゥディアンテス 8 30
08/09 エストゥディアンテス 8 26
09/10 エストゥディアンテス 8 30
10/11 エストゥディアンテス 7 33
11/12 ベンフィカ(ポルトガル) 35
11/12 エストゥディアンテス 7 14
12/13 ベンフィカ(ポルトガル) 35 28
13/14 ベンフィカ(ポルトガル) 35 28
14/15 ベンフィカ(ポルトガル) 35 11
14/15 バレンシア(スペイン) 15 14
15/16 バレンシア(スペイン) 15 20
16/17 バレンシア(スペイン) 15 27
17/18 リーベル・プレート 8    
CBからトップ下までこなす高度な戦術眼と、ハードワークを惜しまない姿勢で監督から重宝されるアルゼンチンのバイプレーヤー。そのプレースタイル上カードが多いのが難点です。

メンドーサに生まれ、地元マイプの下部組織で7年鍛えた後、G・クルスに移ります。17歳で迎えた04/05シーズンにトップチームに昇格してレギュラーを獲得します。
2年目は32試合7得点でクラブ初の1部昇格に貢献します。2006年9月9日ベルグラノ戦での初得点など30試合5得点と1部でも通用する働きを見せ、エストゥディアンテスに引き抜かれます。そしてベロンやプラッティと共に中盤を担い、コパ・スダメリカーナで準優勝しました。
2009年リベルタドーレスでは15試合2得点の成績を残し、決勝ではクルゼイロを破ります。その後のクラブW杯では決勝でバルサに敗れました。点取り屋のボセッリと共にチームをけん引し、翌年のリベルタドーレスも9試合、さらに翌年も7試合と大舞台を経験しました。
リーグ戦でも08/09シーズンのアルヘンティノス戦でハットトリックを達成し、ボカ戦でも決勝点を挙げます。一方で09/10シーズンのバンフィールド戦や10/11シーズンのインデペンディエンテ戦ではレッドを受けるなど、印象深いシーンを生み出しました。
11/12シーズンにベンフィカと5年契約を交わし、8月12日G・ヴィセンテ戦でポルトガルリーグにデビューします。しかしチャンピオンズ・リーグのグループリーグを目指して戦ったトラブゾンスポル戦でヒザを負傷し、エストゥディアンテスにレンタルで復帰しました。
12/13シーズンにベンフィカに戻り、マティッチとのコンビで成功を収めます。2年目はリーグ杯含めた3冠を達成してリーグのMVPになりました。
欧州ではチャンピオンズ・リーグに3シーズンで16試合に出場しますが、いずれもグループリーグで敗退しました。ヨーロッパリーグでは2年連続で準優勝になりますが、2年目はユヴェントスとの準決勝で退場し、セビージャとの決勝は出場停止となりました。
14/15シーズンの途中にバレンシアに引き抜かれます。1月4日R・マドリー戦でのリーガデビューを勝利で飾り、フェグーリやA・ゴメスら技巧派の中で献身を見せました。しかし3年目は14枚もイエローを受け、低迷するチームと共に苦戦しました。
17/18シーズンに母国に戻っています。

マラドーナ監督により2009年9月30日ガーナ戦で代表デビュー。翌年のW杯と2014年W杯予選は1試合だけでしたが、エストゥディアンテス時代のサベーラ監督により後者の本戦にエントリーされます。そしてディ・マリアの負傷により準々決勝から3試合出場しました。
代表記録

余談
・ファーストネームは、父親が好きなウルグアイ代表フランチェスコリにちなんでいます。
2016年5月16日:新規アップ 2017年7月11日更新