ペペ(PEPE)
フルネーム ケープレル・ラヴェラン・リマ・フェレイラ
国籍 ポルトガル※1
出身地 ※2
生年月日 1986・2・26
身長 187cm
体重 81kg
利き足
ポジション DF(CB)
FK PK  
キャプテン経験  
代表デビュー 2007・11・21
フィンランド戦
代表背番号 3 15
W杯メンバー 10年 14年
18年
ニックネーム  
個人タイトル 08,16UEFA欧州選手権ベストイレブン
チームタイトル 04FIFAインターコンティネンタル・カップ
05/06,06/07ポルトガルリーグ
05/06ポルトガルカップ
07/08,11/12,16/17リーガ・エスパニョーラ
10/11,13/14コパ・デル・レイ
13/14,15/16,16/17UEFAチャンピオンズ・リーグ
14,16FIFAクラブワールドカップ
16UEFA欧州選手権
所属クラブおよび背番号 出場 得点
01/02 マリティモ 48
01/02 マリティモB(3部) 10
02/03 マリティモB(3部)
02/03 マリティモ 27 29
03/04 マリティモ 4 30
04/05 ポルト 7 15
05/06 ポルト 14 24
06/07 ポルト 14 25
07/08 レアル・マドリー(スペイン) 3 19
08/09 レアル・マドリー(スペイン) 3 26
09/10 レアル・マドリー(スペイン) 3 10
10/11 レアル・マドリー(スペイン) 3 26
11/12 レアル・マドリー(スペイン) 3 29
12/13 レアル・マドリー(スペイン) 3 28
13/14 レアル・マドリー(スペイン) 3 30
14/15 レアル・マドリー(スペイン) 3 27
15/16 レアル・マドリー(スペイン) 3 21
16/17 レアル・マドリー(スペイン) 3 13
17/18 ベジクタシュ(トルコ) 5 23
18/19 ベジクタシュ(トルコ) 5 10
18/19 ポルト 33 13
19/20 ポルト 3    
強さと速さ、高さに加え、ポジショニングやボール奪取といった守備力、ライン統率力に得点力も兼備するブラジル出身のポルトガル代表CBです。
実力に疑いの余地はありませんが、ケガに弱く安定感に欠け、ラフプレーでカードをもらう場面が多いのがウィークポイントです。

マセイオに生まれ、コリンチャンスの下部組織に在籍しました。18歳でポルトガルへ渡りマリティモと契約します。当初はリザーブとトップを行き来していましたが、02/03シーズンに29試合2得点と才能が開花します。04/05シーズンに強豪ポルトに引き抜かれ、日本でのインターコンティネンタル杯に国内2冠、リーグ2連覇と多くの実績を残しました。
チャンピオンズ・リーグでも実力を見せ、04/05シーズンは5試合、05/06シーズンは5試合フル出場してレンジャーズ戦で2得点を挙げました。06/07シーズンは8試合にフル出場して決勝トーナメント進出を果たします。2006年11月にはクラブと5年契約を結ぶなど、F・コウト、J・コスタ、R・カルヴァーリョの系譜に連なる存在感を発揮していました。
07/08シーズンに約50億円という巨額の移籍金でR・マドリーに引き抜かれ、2007年8月25日、マドリードダービーとなった開幕戦でリーガにデビューします。同時入団のメッツェルダーやエインセとポジション争いを展開し、アウェーのクラシコではバルサを1点に抑えますが、ケガもあり19試合と期待外れに終わります。チャンピオンズ・リーグでも決勝トーナメントのローマ戦で退場して敗因となりました。2年目は26試合に出場しますが、第32節ヘタフェ戦で相手MFカスケーロに暴行を働き10試合の出場停止処分を受けてシーズンが終わり、翌09/10シーズンの最初の4試合を欠場します。その後復帰してセビージャ戦でリーガ初得点を挙げるものの、12月12日バレンシア戦でヒザを負傷、5日後に手術して半年戦列を離れました。
10/11シーズンもクラシコとなったチャンピオンズ・リーグ準決勝1stレグで退場になり、チームも敗れました。11/12シーズンもイエロー9枚、レッド1枚と荒々しさは改善されませんでしたが、加入したシーズン以来のリーグタイトルを獲得しました。
12/13シーズンは退場こそなかったもののヴァランにポジションを譲り、無冠に終わります。しかし翌シーズンはリーグで30試合先発して4得点と復調、チャンピオンズ・リーグは決勝こそ出番がなかったものの11試合戦いクラブ10度目の優勝に貢献しました。15/16シーズンもチャンピオンズ・リーグで9試合に出て自身2度目のビッグイヤーを手にしました。2つのタイトルを防衛した16/17シーズンも相次ぐケガに泣き、10年着た白いユニフォームを脱ぎました。
17/18シーズン、同胞クアレスマの勧誘もありベジクタシュへ。8月13日アンタルヤスポル相手のリーグデビュー戦で得点し、最終ラインの大黒柱に定着しました。
2年目の途中にポルトへ復帰しています。

スコラーリ代表監督の勧めもあり2007年8月にポルトガル国籍を取得すると、11月21日の欧州選手権予選フィンランド戦でデビュー。本大会メンバーにも選ばれ、主力として4試合にフル出場します。1戦目のトルコ戦では代表初得点となる先制点を挙げマン・オブ・ザ・マッチに選ばれるなど、チームのグループリーグ突破に貢献し、大会ベスト11に選ばれました。
2010年W杯予選ではDF陣最多の11試合に出場するだけでなく、ボランチとしても新境地を開拓するなど出場権獲得に大きく貢献します。本大会ではグループリーグ2戦は出番がありませんでしたが、その後のブラジル戦とスペイン戦でプレーしました。
2012年欧州選手権予選では6試合、本大会では5試合プレー戦いデンマーク戦でセットプレーから得点を決めました。スペインとの準決勝ではPK戦にもつれ、モウチーニョが外した後2人目として成功させましたが、その後B・アウヴェスが失敗して敗れました。
2014年W杯予選も10試合に出場。本大会ではドイツ戦でミュラーへの頭突きで一発レッドになります。3戦目に戻るもグループリーグで敗退しました。
2016年欧州選手権予選は4試合に出場。本大会では6試合に出場してイエローはオーストリア戦の1枚で済み、決勝でMOMになるなど母国の初優勝に貢献。この結果出場した翌年のコンフェデ杯は4試合に出場し、メキシコ戦で得点を挙げて3位になりました。
2018年W杯予選はフォンテと共にDF最多の8試合に出場。本大会ではR16で無失点を続けていたウルグアイのゴールマウスを破りますが、勝ち越されました。
代表記録

※1:ブラジル国籍もあり
※2:マセイオ(ブラジル)
2010年5月1日:新規アップ 2019年9月6日更新