ニコラス・オタメンディ(Nicolas OTAMENDI)
フルネーム ニコラス・エルナン・ゴンサロ・オタメンディ
国籍 アルゼンチン  
出身地
生年月日 1988・2・12
身長 178cm
体重 75kg
利き足
ポジション DF(CB)
FK PK  
キャプテン経験 クラブ
代表デビュー 2009・5・20
パナマ戦
代表背番号 15
W杯メンバー 10年 18年
ニックネーム  
個人タイトル 09南米ベストイレブン(エル・パイース紙)
14/15リーガ・エスパニョーラベストイレブン
15,16CONMEBOLコパ・アメリカベストイレブン
17/18プレミアリーグベストイレブン(PFA)
チームタイトル 09,11アルゼンチン後期リーグ
10/11〜12/13ポルトガルリーグ
10/11ポルトガルカップ
10/11UEFAヨーロッパリーグ
15/16,17/18イングランドリーグ・カップ
17/18プレミアリーグ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
07/08 ベレス・サルスフィエルド 33
08/09 ベレス・サルスフィエルド 30 18
09/10 ベレス・サルスフィエルド 19 19
10/11 ベレス・サルスフィエルド 19
10/11 ポルト(ポルトガル) 30 15
11/12 ポルト(ポルトガル) 30 20
12/13 ポルト(ポルトガル) 30 29
13/14 ポルト(ポルトガル) 30 13
14 アトレティコ・ミネイロ(ブラジル) 20
14/15 バレンシア(スペイン) 23 35
15/16 マンチェスター・シティ(イングランド) 30 30
16/17 マンチェスター・シティ(イングランド) 30 30
17/18 マンチェスター・シティ(イングランド) 30 34
18/19 マンチェスター・シティ(イングランド) 30    
上背に欠けるものの、強いフィジカルでの強烈なチャージや空中戦で最終ラインを束ねます。水準以上のアジリティで右SBでも及第点のプレーをするアルゼンチン代表です。

8歳の時にベレスの下部組織に入り、2008年5月10日ロサリオ戦でアルゼンチン1部リーグにデビューします。2年目から先発メンバーに定着し、2009年8月29日アルセナル戦で初ゴールを決めて勝利に貢献するなど、チームの中軸となりました。
2009年の前期を制覇し、翌年のリベルタドーレスに10試合出場してエル・パイース紙選出のベスト11に選ばれます。R・マドリー移籍も取りざたされますが、残留しました。
10/11シーズンにポルトと5年契約し、9月25日オリャネンセとの1部デビュー戦でゴールを挙げます。その後前年2位のブラガとのアウェー戦で2ゴールと攻撃でも存在感を発揮。アウェーのベンフィカ戦では退場しますが、勝利しました。ヨーロッパリーグでもC・ソフィア戦でゴールを決めるなど13試合に出場、決勝でブラガとの同国対決を制しました。3年目はリーグに29試合先発して4連覇を達成、チャンピオンズ・リーグには8試合先発しました。
その後バレンシアと契約しますが、外国人枠の都合でA・ミネイロへレンタルされます。そしてリーグとリベルタドーレスで計12試合に出場しました。
2014年8月23日セビージャ戦のリーガデビュー以降、35試合に先発。イエローを9枚受け、A・ビルバオ戦で退場しますが、ブラジル代表D・アウヴェスやドイツ代表ムスタフィとの守備を強固にします。攻撃ではマドリード勢など自己最多の6ゴールを挙げました。
15/16シーズンにマンチェスター・Cと5年契約し、9月19日ウェストハム戦でプレミアデビュー。ケガが多い主将コンパニの穴を埋めて30試合に先発し、ノーリッジ戦では先制ヘッドで勝利に貢献。チャンピオンズ・リーグは12試合に出て4強になりました。
17/18シーズンはマンチェスターダービーなど4ゴールで優勝。チャンピオンズ・リーグはナポリ戦のゴールなど8試合に出ますが、準々決勝でリヴァプールに敗れました。

プロデビューからわずか11試合後、2010年W杯予選の途中に就任したマラドーナ監督に招集されて2009年5月20日パナマ戦にて代表デビューします。予選は3試合に出場し、本大会も3試合目から右SBとして起用されますが、準々決勝で敗れました。コパ・アメリカは2015年に5試合、翌年は6試合に出ますが、いずれも準優勝に終わりました。
2018年W杯予選は17試合に出場し、ベネズエラと戦で同点弾を挙げました。本大会は決勝を戦うクロアチアとフランス戦でイエローを受け、チームもR16で敗退しました。
代表記録

余談
・サッカーから離れていた時は、ボクシングをしていました。
※ヘネラル・パチェコ
2019年2月28日:新規アップ