イヴィチャ・オリッチ(Ivica OLIC)
フルネーム イヴィチャ・オリッチ
国籍 クロアチア
出身地 ダヴォール
生年月日 1979・9・14
身長 182cm
体重 62kg
利き足
ポジション FW(ST)
FK PK  
キャプテン経験  
代表デビュー 2002・2・13
ブルガリア戦
代表背番号 18
W杯メンバー 02年 06年
14年
ニックネーム  
個人タイトル 01/02クロアチアリーグ得点王
02,03,09クロアチア年間最優秀選手
チームタイトル 02/03クロアチアリーグ
04/05UEFAカップ
05,06ロシアリーグ
05,06ロシアカップ
09/10ブンデスリーガ
09/10DFBカップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
96/97 マルソニア
97/98 マルソニア 24
98/99 マルソニア
98/99 ヘルタ・ベルリン(ドイツ) 31
99/00 マルソニア 13
00/01 マルソニア 29 17
01/02 NKザグレブ 29 21
02/03 ディナモ・ザグレブ 27 16
03 CSKAモスクワ(ロシア) 9 10
04 CSKAモスクワ(ロシア) 9 24
05 CSKAモスクワ(ロシア) 9 20 10
06 CSKAモスクワ(ロシア) 9 24
06/07 ハンブルガーSV(ドイツ) 11 15
07/08 ハンブルガーSV(ドイツ) 11 32 14
08/09 ハンブルガーSV(ドイツ) 11 32 10
09/10 バイエルン(ドイツ) 11 29 11
10/11 バイエルン(ドイツ) 11
11/12 バイエルン(ドイツ) 11 20
12/13 ヴォルフスブルク(ドイツ) 11 32
13/14 ヴォルフスブルク(ドイツ) 11 32 14
14/15 ヴォルフスブルク(ドイツ) 11 14
14/15 ハンブルガーSV(ドイツ) 8 16
15/16 ハンブルガーSV(ドイツ) 8
16/17 1860ミュンヘン(ドイツ2部) 40 30
17/18 1860ミュンヘン(ドイツ3部) 40    
自身の高い得点能力に加え、スピードのある動きからチャンスメークも行う左利きのアタッカー。特にカウンターを仕掛ける際に最も持ち味が発揮されます。
また、強い闘志の持ち主でもあり、90分間質の高いパフォーマンスを約束してくれます。

クロアチア東部のダヴォールに生まれ、96/97シーズンにマルソニアでプロデビュー。一時期ドイツのH・ベルリンへレンタル移籍したものの通算5シーズン過ごし、00/01シーズンに17ゴールを挙げ、NKザグレブへ移籍します。このシーズンに21ゴールを挙げて得点王とリーグトップの17アシストを記録し、年間最優秀選手に選出されました。02/03シーズンには強豪D・ザグレブでプレーし、16ゴールを挙げてチームをリーグ優勝に導きました。
その後C・モスクワへ移籍し、05シーズンには3年ぶりの2ケタゴールをマーク。また、チャンピオンズ・リーグにデビューし、UEFA杯制覇、リーグ2冠の連覇など数多くの栄光に包まれました(04/05シーズンのUEFA杯では8試合出場するも、ノーゴールに終わりました)。
06/07シーズンにハンブルガーSVに入団します。10月20日シュツットガルト戦ではハットトリックを決めましたが、チームが1トップを採用しているためサイドでプレーする機会が多く、5ゴールに終わりました。チャンピオンズ・リーグでも6試合プレーし、古巣C・モスクワ戦では恩返しとなるゴールを決めました。2年目はチーム最多の14ゴール、3年目はUEFA杯で9ゴール、国内カップでも1860ミュンヘン戦のハットトリックなど6ゴールとコンスタントに働きました。
09/10シーズンにフリーでバイエルンへ移籍し、イタリア代表トニの不調もありゴメスのパートナーに名乗りを挙げます。チャンピオンズ・リーグでは自らのゴールでユヴェントスをグループリーグ敗退に追い込み、準々決勝マンチェスター・U戦でも2ゴール、アウェーのリヨン戦ではハットトリックを達成するなど8試合で7ゴールを挙げ、チームを準優勝に導きました。国内でもリーグを制し、カップでもブレーメンとの決勝でゴールを挙げて2冠を果たしました。
しかしその後はヒザのケガに苦しみスーパーサブがメインになり、11/12シーズンは古巣ハンブルガーとの両試合でゴールを挙げます。チャンピオンズ・リーグでもマルセイユとの準々決勝1stレグで2ゴールを挙げ、チェルシーとの決勝は終了間際にピッチに入るも結果を残せず、その後のPK戦でもキックを止められ、本拠地でのビッグイヤーはなりませんでした。
12/13シーズン、マンヂュキッチと入れ替わる形でヴォルフスブルクへ。リーグでは4試合連続ゴールやカップ戦でのハットトリックなど公式戦で13ゴールを挙げました。2年目もホッフェンハイム戦でチームを逆転勝利に導き、ブレーメンやハンブルク相手の1ゴール1アシスト、ドルトムント相手の先制ゴールなど見事な働きでチームをヨーロッパリーグ圏内に押し上げました。
14/15シーズンの途中にハンブルガーへ移籍。最終節シャルケ戦でゴールを決めて勝利し、薄氷の1部残留を決めました。16/17シーズンに2部1860ミュンヘンに移籍、継続的にプレーしますが、16位に終わって3部降格となっています。

2002年2月13日ブルガリア戦でフル代表デビューすると、同年のW杯でもサブとして2試合プレー、イタリア戦では1ゴールを決めました。2004年欧州選手権予選では9試合でわずか1ゴールと物足りない数字でしたが、本大会でも全3試合に出場しました。
2006年W杯予選では5試合に出場しますが、親善試合のブラジル戦で左ヒザ十字じん帯を損傷します。しかし本番には間に合わせ、全3試合に出場しました。
2008年欧州選手権予選は8試合出場。MFスルナやFWバラバンと共に問題行動をしたため一時期代表から外されましたが、自身50キャップ目となった最終節イングランド戦では貴重な追加点を奪ってマン・オブ・ザ・マッチに選ばれ、チームは出場権を獲得します。本大会では準優勝となるドイツからゴールを奪うなど、グループリーグ突破に貢献しました。
2010年W杯予選では8試合で3ゴールを挙げますが、イングランドとの両試合で大敗を喫したことが響いて3位に終わりました。2012年欧州選手権予選は5試合戦い、ラトビアとの初戦とトルコとのプレーオフ1stレグでゴールを挙げましたが、本大会メンバーから漏れました。
2014年W杯予選はセルビア相手に追加点を挙げます。本大会にはフィールドプレーヤー最年長で選出され、カメルーン戦で先制点を挙げるなど3試合先発しました。
2016年欧州選手権予選は8試合でノルウェー戦の1ゴールにとどまり、若手の台頭もあって本大会メンバーから外れました。
代表記録

2010年4月9日:新規アップ 2017年6月19日更新