ルク・ニリス(Luc NILIS)
フルネーム ルク・ギルバート・シリール・ニリス
国籍 ベルギー
出身地 ハッセルト
生年月日 1967・5・25
身長 185cm
体重 76kg
利き足
ポジション FW(CF)
FK PK  
キャプテン経験  
代表デビュー 1988・3・26
ハンガリー戦
代表背番号
W杯メンバー 98年
ニックネーム  
個人タイトル 93/94ベルギーリーグ得点王
95エールディヴィジ年間最優秀選手
95/96,96/97エールディヴィジ得点王
チームタイトル 86/87,90/91,92/93,93/94ベルギーリーグ
87/88,88/89,93/94ベルギーカップ
95/96オランダカップ
96/97,99/00エールディヴィジ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
84/85 ウィンタースラッグ(2部) 14
85/86 ウィンタースラッグ(2部) 25 11
86/87 アンデルレヒト 16
87/88 アンデルレヒト 32 14
88/89 アンデルレヒト 33 19
89/90 アンデルレヒト 27 10
90/91 アンデルレヒト 30 19
91/92 アンデルレヒト 27 16
92/93 アンデルレヒト 30 19
93/94 アンデルレヒト 29 25
94/95 PSV(オランダ) 30 12
95/96 PSV(オランダ) 31 21
96/97 PSV(オランダ) 26 21
97/98 PSV(オランダ) 24 13
98/99 PSV(オランダ) 27 24
99/00 PSV(オランダ) 28 19
00/01 アストン・ヴィラ(イングランド)
スピードとテクニックを兼ね備え、抜群の勝負強さもあるベルギー代表屈指のゴールゲッター。ポジショニングやヘディングも素晴らしく、ペナルティエリア内で脅威となります。

1984年に2部のウィンタースラッグでプロデビューすると、2シーズン目に2ケタゴールを記録。強豪アンデルレヒトに引き抜かれてもその能力はさらに磨かれ、リーグ優勝を経験します。
87/88シーズンからエースとして活躍し、アイスランド代表アルノール・グジョンセン(エイドゥールの父親)と2トップを組み連覇、以降毎年安定した成績を残してリーグ屈指のFWとなります。93/94シーズンには25ゴールで得点王となり、チームをリーグ優勝に導きました。
そして94/95シーズンから活躍の場を隣国オランダに移し、強豪PSVに入団。ロナウドと2トップを組み、多くのアシストを記録すると共にに自らも2ケタゴールを挙げる活躍を見せましたが、ライバルのアヤックスがそれ以上に強く、リーグタイトルはなりませんでした。
翌シーズンはロナウドがケガで離脱することもあったため、自らゴールを量産。21ゴールで得点王となりました。翌96/97シーズンは21ゴールで2シーズン連続得点王となり、ようやくアヤックスからリーグの覇権を奪いました。余談ですが、2シーズン(95/96,96/97)エイドゥールが在籍していたため、グジョンセン親子とプレーしたことになります。
98/99シーズンにボビー・ロブソン監督が就任、新加入で31ゴールのファン・ニステルローイに次ぐ24ゴールを挙げ、欧州屈指の2トップとなりました。また、99/00シーズンは同胞ゲレツ監督の下で19ゴールを挙げて2度目のリーグ制覇を果たしました。
00/01シーズンにアストン・ヴィラに入団。8月27日チェルシー戦でプレミア初ゴールを挙げ幸先の良いスタートを切ったものの、9月9日イプスウィッチ戦で相手GKと交錯、ケガが完治せずプレーを断念し、1月に現役を引退しました。

1988年3月26日ハンガリー戦にてデビュー。2年後のW杯予選は2試合に終わり、ザンビア戦での初ゴールまで24試合費やしますが、1994年W杯は予選本戦共に3試合戦いました。
1996年欧州選手権を逃しますが、1998年W杯予選は6試合で4ゴール、特にプレーオフのアイルランド戦で2試合ともゴールを決める勝負強さを見せて本大会出場に貢献します。
本大会ではグループリーグ韓国戦でゴールを挙げますが、この試合を含む全3試合で引き分け、グループリーグ敗退となりました。2000年欧州選手権はE・ムペンザの成長などによりベンチスタートが多かったため、結果を出せませんでした。
代表記録 56試合10得点
2008年2月12日:新規アップ 2012年8月23日更新