ルカ・モドリッチ(Luka MODRIC)
フルネーム ルカ・モドリッチ
国籍 クロアチア  
出身地 ザダール
生年月日 1985・9・9
身長 173cm
体重 68kg
利き足
ポジション MF(CMF)
FK PK FK PK
キャプテン経験  
代表デビュー 2006・3・1
アルゼンチン戦
代表背番号 10 14
W杯メンバー 06年 14年
ニックネーム  
個人タイトル 04クロアチア年間最優秀若手選手
07,08,11,14,16クロアチア年間最優秀選手
08UEFA欧州選手権ベストイレブン
13/14,15/16リーガ・エスパニョーラ最優秀MF
13/14,15/16UEFAチャンピオンズ・リーグベストイレブン
15,16FIFA/FIFProベストイレブン
15/16リーガ・エスパニョーラベストイレブン
16UEFAベストイレブン
チームタイトル 05/06〜07/08クロアチアリーグ
06/07,07/08クロアチアカップ
13/14,15/16UEFAチャンピオンズ・リーグ
13/14コパ・デル・レイ
14FIFAクラブワールドカップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
03/04 ズリニスキ・モスタル(ボスニア・H)
04/05 インテル・ザプレシッチ 18
04/05 ディナモ・ザグレブ 10
05/06 ディナモ・ザグレブ 10 32
06/07 ディナモ・ザグレブ 10 30
07/08 ディナモ・ザグレブ 10 25 13
08/09 トッテナム(イングランド) 14 34
09/10 トッテナム(イングランド) 14 25
10/11 トッテナム(イングランド) 14 32
11/12 トッテナム(イングランド) 14 36
12/13 レアル・マドリー(スペイン) 19 33
13/14 レアル・マドリー(スペイン) 19 34
14/15 レアル・マドリー(スペイン) 19 16
15/16 レアル・マドリー(スペイン) 19 32
16/17 レアル・マドリー(スペイン) 19    
豊富なスタミナと軽やかな身のこなしでピッチの至る所に顔を出し、的確な判断と広い視野で決定的なパスを繰り出します。両足を使いこなす高い技術におぼれることなく献身的にチームプレーもこなす、「クロアチアのクライフ」です。

名門D・ザグレブの育成機関で育ち、16歳でプロ契約を交わします。その後2003年にレンタルされたZ・モスタルで頭角を現してリーグ有数の選手となって翌年に復帰します。
しかしN・クラニツァールの存在で出番を得られず、インテル・Zへレンタルされます。ここで主軸を担い、最終的にリーグ2位に引き上げるきっかけを作る素晴らしい活躍を見せました。
04/05シーズン途中、D・ザグレブを去ったクラニツァールの後釜としてチームに復帰。背番号10に見合うプレーで瞬く間に地位を確立、年間最優秀若手選手に選ばれました。
翌05/06シーズンはH・スプリトとのダービーで決勝点を挙げ、リエカとも引き分けるなど素晴らしいシーズンを過ごし、32試合で8ゴールの数字を残して2シーズン振りにリーグを制しました。これによりクラブと10年という長期の契約延長に合意しました。
翌シーズンもFWエドゥアルドのリーグ最多ゴール記録更新に貢献して連覇し、チャンピオンズ・リーグ予備予選でもアーセナルのヴェンゲル監督に自身の存在をアピールしました。
そしてクラブ史上最高額となる約33億円の移籍金でトッテナムと6年契約を結び、2008年8月16日ミドルスブラ戦でプレミアデビュー。ファンデ・ラモス監督の下では持ち味を発揮できませんでしたが、後任のレドナップ監督の下で盛り返し、3ゴール6アシストを挙げました。翌年8月のバーミンガム戦で負傷して戦列を離れますが、復帰してからはクラブ初のチャンピオンズ・リーグ出場権獲得に貢献して新たにクラブと6年契約を交わしました。3年目は同大会のインテル戦やブレーメン戦の仕事などでベスト8に進出しました。4年目はウィガンとのホームゲームでベイルと共にゴールを決めるなどリーグ4位になりましたが、翌シーズンのチャンピオンズ・リーグはチェルシーが優勝者として出場するためヨーロッパリーグに回りました。
自身はR・マドリーに引き抜かれ、2012年9月2日グラナダ戦でリーガにデビュー。X・アロンソやケディラと層が厚かったものの、クラシコでS・ラモスの決勝点を演出し、チャンピオンズ・リーグでもマンチェスター・U相手にゴールを決めるなど勝負強さを見せました。
2年目はチャンピオンズ・リーグでドルトムント、バイエルン、A・マドリー相手に決定機を作りクラブ10度目のビッグイヤー獲得に貢献しました。3年目は国内スーパー杯でレッドを受け、リーグでも戦線を離脱しました。4年目のチャンピオンズ・リーグでは自らのゴールなどでシャフタール戦を制し、ローマ戦でもアシストして再びビッグイヤーを手にしました。

U−17以降各年代を経験し、2006年3月1日アルゼンチン戦でフル代表デビュー。代表監督を父に持つN・クラニツァールとポジションが重なる厳しい立場でしたが、W杯メンバーに入り日本戦など2試合に出場。大会後の王者イタリア戦で初ゴールを挙げました。
2008年欧州選手権では、ビリッチ監督の下で12試合に出場。コンビを組むN・コヴァチの守備力と運動量により攻撃センスを発揮し、クラニツァールと共にエドゥアルドとペトリッチのゴールを演出してイングランドを敗退に追いやりました。本大会ではオーストリア戦の3分35秒にPKでの大会最速ゴールを挙げるなど準々決勝まで進み、ベストイレブンに選ばれました。
2010年W杯予選は6試合で3ゴールを挙げるものの、敗退します。2012年欧州選手権予選は10試合に出場しますが、本戦はスペイン、イタリアと同居して3試合で終わりました。
予選で11試合戦って出場権を得た2014年W杯では、ブラジルとメキシコに敗れました。2016年欧州選手権は予選8試合で2ゴールを挙げます。本大会ではトルコ戦で相手のクリアをボレーしますが、決勝トーナメントで優勝するポルトガルに敗れました。
代表記録

2016年12月18日:新規アップ 2017年1月11日更新