マーク・ミリガン(Mark MILLIGAN)
フルネーム マーク・ダニエル・ミリガン
国籍 オーストラリア  
出身地 シドニー
生年月日 1985・8・4
身長 178cm
体重 78kg
利き足
ポジション DF(RSB)
FK PK PK
キャプテン経験 クラブ 代表
代表デビュー 2006・6・7
リヒテンシュタイン戦
代表背番号 5 20 22
W杯メンバー 06年 10年
ニックネーム  
個人タイトル 12/13〜14/15Aリーグベストイレブン
チームタイトル 04/05オセアニア・クラブチャンピオンシップ
05/06,14/15Aリーグ
14/15オーストラリアカップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
01 パッラマッラ(2部)
02/03 ノーザンスピリット
03/04 ノーザンスピリット 14
04 ブラックタウン・シティ(2部)
05 シドニーFC 16
05/06 シドニーFC 16 10
06/07 シドニーFC 16 17
07/08 シドニーFC 16 13
08/09 ニューカッスル・ジェッツ 26 11
09 上海申花(中国) 3 20
10 ジェフ千葉(日本J2) 5 15
11 ジェフ千葉(日本J2) 5 29
11/12 メルボルン・ヴィクトリー 5 10
12 ジェフ千葉(日本J2) 5
12/13 メルボルン・ヴィクトリー 5 20
13/14 メルボルン・ヴィクトリー 5 20
14/15 メルボルン・ヴィクトリー 5 18
15/16 バニヤス(UAE) 6 21
16/17 バニヤス(UAE) 5 22
17/18 メルボルン・ヴィクトリー    
瞬発力とスピード、ビルドアップ、戦術眼、ロングスローが特長で、本来の右SBだけでなくCBやボランチと守備的な役割を幅広くこなすユーティリティプレーヤーです。

シドニーに生まれ、下積み期間を経て04/05シーズンよりシドニーFCに入団します。ここでは出場機会は多くなかったものの、相次ぐタイトル制覇に立ち合いました。これにより2005年のクラブW杯の出場権を獲得し、レンタルで加入したカズらと共に2試合プレーしました。
シドニーFCではヒザのケガもあり結果を残せず渡欧を模索します。マンチェスター・C、アーセナル、ブレーメン、ポルトなどが取りざたされましたが、EUパスポートがないハンディもあり実現には至らず、ジェッツでも最後の試合でオウンゴールと後味の悪い結果に終わりました。
09シーズンに中国へ渡り3月22日江蘇蘇寧戦でリーグデビューしますが、イエロー10枚と判定に苦しみました。ACLにも6試合に出てホーム鹿島戦でゴールを挙げました。
10シーズンにJ2千葉に入り3月7日熊本との開幕戦でデビュー。中盤にそけい部を痛め、復帰した後の鳥栖戦ではレッドを受けて15試合に終わりました。2年目は自己最多の29試合に出場しますがイエローを11枚受け、2枚のレッドもチームの負けにつながりました。
その後メルボルンへレンタルされ、日本での12シーズン終了後に完全移籍となります。PKキッカーを任されリーグ戦通算14ゴールを挙げるなど国内2冠を達成しました。
15/16シーズンにバニヤスへ移り8月20日アル・シャアブ戦でUAE1部にデビュー。アルジェリア代表FWベル・フォディルと共に助っ人の役割を果たしました。2年目はPKを2本決めますが、リーグとリーグ杯で2枚のレッドを受けました。
17/18シーズンにメルボルンに戻っています。

ユース代表ではキャプテンを任され、2005年Wユースと2008年北京五輪にそれぞれ3試合出場します。フル代表デビューは2006年6月7日リヒテンシュタイン戦となり、直後のW杯にも最年少でメンバーに入りますが、出場機会はありませんでした。
2007年アジア杯では日本戦でクリアミスを高原に決められ、PK戦で敗れました。2010年W杯予選は1試合の出場ながら23人に選ばれますが、出場はなりませんでした。
2013年東アジア杯では5試合戦い1得点を挙げますが、日本に敗れました。6試合に出場した2014年W杯予選は日本戦で退場しました。本戦はチリ戦で出場機会を得ました。
2015年アジア杯では5試合戦い、オマーン戦でPKを決めて初優勝しました。2年後のコンフェデ杯では欠場するジェディナクの代わりにキャプテンを務めています。
代表記録

2017年6月26日:新規アップ 2017年8月4日更新