ブレーズ・マテュイディ(Blaise MATUIDI)
フルネーム ブレーズ・マテュイディ
国籍 フランス※  
出身地 トゥールーズ
生年月日 1987・4・9
身長 175cm
体重 70kg
利き足
ポジション MF(CMF)
FK PK FK
キャプテン経験 クラブ
代表デビュー 2010・9・7
ボスニア・H戦
代表背番号 12 14
W杯メンバー 14年 18年
ニックネーム  
個人タイトル 12/13,15/16リーグアンベストイレブン(UNFP)
チームタイトル 12/13〜15/16リーグアン
14/15〜16/17フランスカップ
13/14〜16/17フランスリーグ・カップ
17/18,18/19セリエA
17/18コッパ・イタリア
18FIFAワールドカップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
04/05 トロワ(2部)
05/06 トロワ 20 31
06/07 トロワ 20 34
07/08 サンテティエンヌ 12 35
08/09 サンテティエンヌ 12 27
09/10 サンテティエンヌ 12 36
10/11 サンテティエンヌ 12 34
11/12 パリ・サンジェルマン 14 29
12/13 パリ・サンジェルマン 14 37
13/14 パリ・サンジェルマン 14 36
14/15 パリ・サンジェルマン 14 34
15/16 パリ・サンジェルマン 14 31
16/17 パリ・サンジェルマン 14 34
17/18 パリ・サンジェルマン 14
17/18 ユヴェントス(イタリア) 14 32
18/19 ユヴェントス(イタリア) 14 31
19/20 ユヴェントス(イタリア) 14    
無尽蔵のスタミナと優れた戦術眼を擁し、絶妙な位置取りやタックルで広範囲をケアします。メンタルの強さや左足のインサイドキックも特長のボックス・トゥ・ボックス型です。

アンゴラ人の父親とDRコンゴ人の母親の下、トゥールーズに生まれます。6歳でサッカーを始め、クレールフォンテーヌなどを経て2部トロワでプロデビューします。
2005年7月30日ニースとのアウェー戦で1部デビュー。イエロー10枚と若さが出ますが、リール戦で決勝点を挙げます。2年目もセダン戦で2点を挙げるも降格しました。
07/08シーズンにサンテティエンヌへ移り、ゴミスやパイエと共にリーグ5位になります。この結果で出場したヨーロッパリーグは9試合に出ますが、R16でブレーメンに敗れました。国内リーグでは優勝するボルドーから先制するも追い付かれました。主将として残留争いを乗り越え、4年目は2アシストしてチームをいずれも敗北から救い、10位と持ち直しました。
11/12シーズンに大型補強を施すPSGと3年契約し、ヴェッラッティやモッタと共に引退したマケレレの穴を埋めます。2年目にはイブラとT・シウヴァの加入で前後が強化され、リーグ戦では2年連続で自己最多の5得点を挙げます。また、5年目はアンジェ戦で3アシスト、マルセイユとのカップ戦決勝で先制点を挙げるなど、2年連続で国内3冠に輝きました。
チャンピオンズ・リーグでは2年目と4年目にバルサ、3年目にレヴァークーゼン相手に結果を残し、リーグ杯では6年目のモナコ戦で1得点1アシストを見せました。
17/18シーズンにユヴェントスと3年契約し、8月19日カリアリ戦でセリエAデビュー。ベネヴェント戦ではイグアインをアシストし、全3得点で勝利して国内2冠を達成。9試合に出たチャンピオンズ・リーグでも準々決勝2ndレグで同点弾を挙げてR・マドリーを苦しめました。
2年目も3得点で勝利に貢献し、エンポリ戦でもC・ロナウドの決勝点を演出してスクデットを防衛。チャンピオンズ・リーグも9試合に出場しました。

U−19欧州選手権予選は9試合に出場し、U−21欧州選手権予選にも3大会連続で臨みましたが、いずれも本大会出場はなりませんでした。
ブラン監督により2010年9月7日、2年後の欧州選手権予選ボスニア・H戦でフル代表デビュー。本大会にもエントリーされますが、ケガにより出番はありませんでした。
2014年W杯予選で主力に定着して9試合に出場。本大会は5試合戦いスイス戦で追加点を挙げました。2年後の欧州選手権は7試合に出場、準々決勝アイルランド戦ではジルーの先制点を演出しますが、決勝でポルトガルに敗れて地元での優勝はなりませんでした。
2018年W杯予選は7試合に出場、ブルガリア戦で決勝点を挙げました。本大会では初戦こそベンチでしたが、その後4試合に先発して20年ぶりの優勝を果たしました。
代表記録

※:アンゴラ国籍もあり
2017年12月15日:新規アップ 2019年10月3日更新