フロラン・マルダ(Florent MALOUDA)
フルネーム フロラン・マルダ
国籍 フランス
出身地
生年月日 1980・6・13
身長 184cm
体重 73kg
利き足
ポジション MF(LMF)
FK PK FK PK
キャプテン経験 代表
代表デビュー 2004・11・17
ポーランド戦
代表背番号 7 15
W杯メンバー 06年 10年
ニックネーム  
個人タイトル 04/05,06/07リーグアンベストイレブン(UNFP)
07フランス年間最優秀選手(UNFP)
チームタイトル 03/04〜06/07リーグアン
08/09,09/10,11/12FAカップ
09/10プレミアリーグ
11/12UEFAチャンピオンズ・リーグ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
96/97 シャトールー(2部)
96/97 シャトールーB(5部)    
97/98 シャトールーB(5部)    
97/98 シャトールー
98/99 シャトールー(2部) 23 28
99/00 シャトールー(2部) 19 28
00/01 ギャンガン 28 23
01/02 ギャンガン 12 32
02/03 ギャンガン 7 37 10
03/04 リヨン 11 35
04/05 リヨン 10 37
05/06 リヨン 10 31
06/07 リヨン 10 35 10
07/08 チェルシー(イングランド) 15 21
08/09 チェルシー(イングランド) 15 31
09/10 チェルシー(イングランド) 15 33 12
10/11 チェルシー(イングランド) 15 38 13
11/12 チェルシー(イングランド) 15 26
12/13 チェルシー(イングランド) 15
13/14 トラブゾンスポル(トルコ) 15 19
14/15 メッツ 13 28
15 デリー・ディナモス(インド) 15 16
15/16 ワーディー・デグラ(エジプト) 15 16
16 デリー・ディナモス(インド) 13 14
17 デリー・ディナモス(インド) 13    
屈強な肉体を持ちながら、柔らかいボールタッチを見せるテクニシャン。重心の低いドリブル突破や高精度のクロスでチャンスメークし、時には強烈なミドルシュートを放ちます。高い攻撃センスをを持ちながら、豊富な運動量での献身的な守備でもチームに貢献します。

南米北部の国のカイエンヌに生まれ、19歳で当時フランス2部だったシャトールーと契約してプロのキャリアをスタートさせます。2シーズンプレーした後ギャンガンに引き抜かれ、左サイドやトップ下でチャンスメークをしていましたが、周囲との連係に苦しみました。
しかし02/03シーズンよりFWドログバが加入し、ゴールを量産するようになります。このエースとのコンビネーションが冴え、終盤でのモナコ戦の1ゴール、リヨン戦の2ゴールなど10ゴールを挙げ、前シーズンに1部リーグ残留争いをしていたチームを7位と大きく躍進させました。
この活躍が脚光を浴びることになり、リーグ2連覇中の強豪リヨンに移籍します。エウベルやリュインドゥラといった実績を持つストライカーの存在によりアシスト役に徹して3連覇に貢献。04/05シーズンはリュインドゥラがマルセイユへ移籍し、エウベルも戦線離脱しました。ル・グエン監督により攻撃的なポジションに加え、SBや守備的MFと複数のポジションで起用されますが、難無くこなし周囲からの信頼を得ました。その状況でありながらチャンピオンズ・リーグでは決勝トーナメントに進み、ブレーメンやPSVといったチームからゴールを挙げました。
その後ヴィルトール、カリュウ、フレッヂとストライカーの相次ぐの加入で本来のアシスト役に戻ります。01/02シーズン以降リーグ連覇を続けるリヨンに不可欠な存在となり、06/07シーズンに2度目の2ケタゴールを記録して、リーグ最優秀選手に選ばれました。チャンピオンズ・リーグでもR・マドリーを敗退に追いやるゴールを決めています。
07/08シーズンにチェルシーへ。ドログバとの相性の良さが買われ、2007年8月12日バーミンガム戦で開幕スタメンを飾りゴールも挙げて上々の立ち上がりを見せますが、定位置確保には至りませんでした。翌シーズンは30試合に出場し、ロシア代表ジルコフ相手にレギュラー争いに身を投じます。そして右足にも磨きをかけ、2度の1試合2ゴールなどキャリア最多の12ゴールを挙げて4年ぶりのプレミア制覇に貢献、クラブ最優秀選手に選ばれました。
10/11シーズンも開幕WBA戦の2ゴール含め3試合連続ゴールと好スタートを切り、ブラックプールやバーミンガム戦の1試合2ゴールなどチーム最多の13ゴールを挙げました。翌シーズンはリーグ戦こそ不出来でしたが、チャンピオンズ・リーグで9試合戦って初優勝しました。しかし若い攻撃的MFの相次ぐ加入で出番を失い、トラブゾンスポルへフリーで移籍します。
2013年8月18日ベジクタシュとの開幕戦でトルコリーグにデビューし、続くリゼスポル戦で初ゴールを決めて勝利に貢献するなど、FWオルカン・Aやポーランド代表ミエルゼイェウスキとの攻撃でチームを4位に導きます。ヨーロッパリーグでは予選で1ゴール、グループリーグでもアポロンから同点ゴールを見せましたが、決勝トーナメント初戦でユヴェントスに敗れました。
14/15シーズンに母国に戻り、その後はエジプトやインドでプレーしています。

代表デビューは2004年11月17日のノルウェー戦。2006年W杯予選は、ホームのスイス戦より召集を受けます。通算4試合の出場でしたが唯一の左利きとして重要視され、本大会メンバーに入ります。初戦こそベンチで過ごしましたが、その後は全試合スタメンと飛躍を遂げます。決勝でもジダンのPKを呼び込みましたが、準優勝に終わりました。
2008年欧州選手権予選では10試合に出場。1試合目のグルジア戦で代表初ゴールを挙げます。本大会では2試合に出場しますが、グループリーグ敗退に終わりました。
2010年W杯予選は6試合に出場。本大会では練習をボイコットしましたが、チームの大会唯一のゴールを挙げました。2012年欧州選手権予選では9試合3ゴールとチーム最高の成績を残しますが、本大会では3試合出場もフル稼働とはいかず、ベスト8で終わりました。
5年後の6月27日バルバドス戦で故郷ギアナ代表にデビューします。主将としてゴールド杯に3試合出場して物議をかもしました。
代表記録

※:カイエンヌ(ギアナ)
余談
・実弟レスリーもプロサッカー選手です。
2007年1月12日:新規アップ 2017年7月26日更新