ケビン・クラニイ(Kevin KURANYI)
フルネーム ケビン・クラニイ
国籍 ドイツ
出身地
生年月日 1982・3・2
身長 190cm
体重 80kg
利き足
ポジション FW(CF)
FK PK PK
キャプテン経験 クラブ
代表デビュー 2003・3・29
リトアニア戦
代表背番号 22
W杯メンバー  
ニックネーム  
個人タイトル  
チームタイトル  
所属クラブおよび背番号 出場 得点
00/01 シュツットガルトⅡ(3部)
01/02 シュツットガルトⅡ(3部) 25
01/02 シュツットガルト 22
02/03 シュツットガルト 22 32 16
03/04 シュツットガルト 22 33 11
04/05 シュツットガルト 22 29 13
05/06 シャルケ 22 30 10
06/07 シャルケ 22 34 15
07/08 シャルケ 22 32 15
08/09 シャルケ 22 33 13
09/10 シャルケ 22 32 16
10 ディナモ・モスクワ(ロシア) 22 16
11/12 ディナモ・モスクワ(ロシア) 22 41 13
12/13 ディナモ・モスクワ(ロシア) 22 27 10
13/14 ディナモ・モスクワ(ロシア) 22 15
14/15 ディナモ・モスクワ(ロシア) 22 24 10
15/16 ホッフェンハイム 22 14
16/17 ホッフェンハイム 22    
嗅覚とシュートテクニックを兼ね備えた決定力はもちろん、大柄でスピードもあるため、ポスト役やスペースメイクなど周囲を使うプレーもできるドイツ代表のCFです。

リオデジャネイロで生まれ、ストリートサッカーで実力をつけました。6歳で入ったセラーノFCで経験を積み、5年後にパナマのクラブへ移りました。
15歳の時に渡独してシュツットガルトに入り、リザーブで結果を残して01/02シーズンの7月28日ケルン戦にて先発でブンデスリーガにデビュー、12月のカイザースラウテルン戦で初ゴールを挙げます。2年目は本拠ビーレフェルト戦でのハットトリックや1860ミュンヘンとボルシアMG相手の1試合2ゴールなど、32試合戦って16ゴール9アシストで2位となり、チャンピオンズ・リーグ出場権獲得に貢献。UEFA杯でも8試合4ゴールと役割を果たしました。
翌03/04シーズンのチャンピオンズ・リーグでは、グループリーグ第2節マンチェスター・U戦での2ゴールやレンジャーズ戦でゴールを決めて、チームを決勝トーナメントに導きます。国内リーグでも数字こそ若干下がったものの、バイエルン、ドルトムント、レヴァークーゼン、ブレーメンと強敵からまんべんなくゴールを奪いました。翌シーズンも2度のハットトリックを達成するなど合計13ゴールをたたきだし、終了後に約9億円の移籍金でシャルケと5年契約を結びます。
1年目は10ゴールでしたが、ルールダービーやブレーメン戦での2ゴールなど要所で活躍し、WGのアサモア、ローヴェンクランズと共にチームを上位に導きます。3年目はチャンピオンズ・リーグで3ゴールを挙げてベスト8に進むと、国内でも古巣シュツットガルトからなど2度の1試合2ゴールに加え、本拠コットブス戦での1試合4ゴールと破壊力を見せつけました。4年目も王者になるヴォルフスブルクから1試合2ゴールをマークし、5年目もニュルンベルクとの開幕戦含め3度の1試合2ゴールをマークするなど、コンスタントに結果を残しました。
09/10シーズンに契約が満了してD・モスクワへ移籍。7月31日K・ソヴェトフ戦でリーグデビューし、ゼニトやL・モスクワ、ルビンなどからゴールを奪いました。2年目もL・モスクワ戦の2試合で3ゴール、さらにC・モスクワとライバル相手に結果を残します。3年目はココーリンや復帰したヴォロニンとの2トップでチーム2位の8ゴールを挙げました。4年目は開幕ロストフ戦での2ゴールなど2年ぶりの2ケタゴールを達成。ヨーロッパリーグでは10試合に出場、ナポリとの決勝トーナメント2回戦1stレグでは早々に先制点を挙げるものの、その後3失点しました。
15/16シーズン、5年ぶりにブンデスリーガに戻っています。

自身はブラジル国籍で、父親がドイツ人、母親がパナマ人でした。熟慮を重ねた末2004年欧州選手権予選となる2003年3月29日のリトアニア戦でドイツ代表にデビューします。本戦こそ逃しましたが、その後オーストリアとの親善試合ではハットトリックをマークしました。
2005年コンフェデ杯は5試合戦い、オーストラリア戦とアルゼンチン戦でゴールを挙げて3位になりましたが、翌年のW杯メンバーにはまさかの落選となりました。
雪辱をかけて臨んだ2008年欧州選手権予選では6試合ながら3ゴールと結果を出すと、本大会では3試合プレーします。しかしいずれもベンチスタートであり、最も長く出場した決勝スペイン戦でもノーゴールに終わって準優勝となりました。
2010年W杯予選も1試合の出場にとどまっています。
代表記録

※:リオデジャネイロ(ブラジル)
2006年2月21日:新規アップ 2016年6月18日更新