フルネーム アレクサンダル・コラロフ
国籍 セルビア  
出身地 ベオグラード
生年月日 1985・11・10
身長 187cm
体重 83kg
利き足
ポジション DF(LSB)
FK PK FK PK
キャプテン経験  
代表デビュー 2008・5・28
ロシア戦
代表背番号
W杯メンバー 10年
ニックネーム  
個人タイトル  
チームタイトル 08/09コッパ・イタリア
11/12,13/14プレミアリーグ
13/14イングランドリーグ・カップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
04/05 チュカリチュキ 27
05/06 チュカリチュキ(2部) 17
05/06 OFK 11
06/07 OFK 3 27
07/08 ラツィオ(イタリア) 3 24
08/09 ラツィオ(イタリア) 3 25
09/10 ラツィオ(イタリア) 11 33
10/11 マンチェスター・シティ(イングランド) 13 24
11/12 マンチェスター・シティ(イングランド) 13 12
12/13 マンチェスター・シティ(イングランド) 13 20
13/14 マンチェスター・シティ(イングランド) 13 30
14/15 マンチェスター・シティ(イングランド) 11 21
15/16 マンチェスター・シティ(イングランド) 11 29
16/17 マンチェスター・シティ(イングランド) 11 29
17/18 マンチェスター・シティ(イングランド) 11    
先達ミハイロヴィッチをほうふつとさせる強烈で正確なFKやクロスが持ち味の左サイドの専門家。気性が激しく軽率なミスも散見されるため、攻撃的な局面で起用されます。

首都ベオグラードに生まれ、兄ニコラと共にレッドスターの下部組織で練習します。チュカリチュキでキャリアを始め、OFKを経て07/08シーズンにラツィオと4年契約を結びます。
2008年9月30日レッジーナ戦でセリエAにデビューすると、サポーターにあいさつ代わりのキャノンシュートを決めました。チャンピオンズ・リーグでも3試合プレーしました。
2年目のローマダービーではGKからボールをもらうとそのまま敵陣まで侵入し、利き足ではない右足シュートでゴールを決めてライバルを4−2と粉砕します。コッパ・イタリアでもユヴェントスからゴールを奪うと、PK戦にもつれた決勝サンプドリア戦でもキックを成功させ、クラブ5シーズンぶり5度目の優勝に大きく貢献しました。3年目はミハイロヴィッチが背負っていた「11」に変更します。ヨーロッパリーグのエルフスボリ戦でゴールを挙げました。リーグ戦でも自己最多の33試合に出場しますが、2枚のレッドカードを受けて未熟な精神面を露呈しました。
それでもR・マドリーも触手を伸ばすなど評価を高め、約22億円でマンチェスター・Cへ移籍。2010年8月14日開幕戦でプレミアにデビューします。ボルトン戦ではレッドを受けますが、バーミンガム戦で初得点を挙げました。2年目以降はクリシと併用されます。2点ビハインドでのサンダーランド戦では終了間際にアシストと得点を立て続けに決めてチームを敗戦から回避させるなど44年ぶりのリーグ制覇に貢献しました。3年目もサンダーランド相手にFKとアグエロへのアシストと強さを見せました。4年目は久々の30試合越えを果たし、マンチェスター・ダービーではアグエロの先制点を演出してチームを勝ちに導くなど7アシストを見せました。5年目もアーセナル戦での同点アシストやアストン・ヴィラ戦で1得点1アシストを挙げました。
チャンピオンズ・リーグではナポリ、R・マドリー、バイエルンから得点を奪っています。

2007年U−21欧州選手権はベルギー戦でFKを決めるなど大会ベスト11になりますが、決勝で開催国オランダに敗北。2試合戦った北京五輪はグループリーグで敗退しました。
フル代表デビューは5月28日で、2010年W杯予選、本大会共に2試合に出場しました。2012年欧州選手権予選は5試合、2014年W杯予選は9試合戦いウェールズ戦など4得点をマーク。2016年欧州選手権予選も6試合で1得点を挙げますが、いずれも本戦を逃しました。
2016年欧州選手権予選は7試合に出ますが、ポルトガルとのホーム戦でレッドカードを受け、チームも敗退しました。
代表記録

余談
・マケドニア代表FWパンデフは親友です。
※:アレクサンダル・コラロフ(Aleksandar KOLAROV)
2016年2月23日:新規アップ 2017年6月25日更新