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フルネーム ジョセフ・デシール・ジョブ
国籍 カメルーン
出身地 ※2
生年月日 1977・12・1
身長 178cm
体重 77kg
利き足
ポジション FW(ST)
FK PK  
キャプテン経験  
代表デビュー 1997・11・15
イングランド戦
代表背番号 21
W杯メンバー 98年 02年
ニックネーム  
個人タイトル  
チームタイトル 03/04イングランドリーグ・カップ
05AFCチャンピオンズ・リーグ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
97/98 リヨン(フランス) 21 22
98/99 リヨン(フランス) 21 19
99/00 ランス(フランス) 11 23
00/01 ミドルスブラ(イングランド) 16
01/02 メッツ(フランス)  13
02/03 ミドルスブラ(イングランド) 16 29
03/04 ミドルスブラ(イングランド) 16 24
04/05 ミドルスブラ(イングランド) 16 33
05/06 アル・イテハド(サウジアラビア) 25
06/07 スダン(フランス) 14 29
07/08 ニース(フランス) 11
08/09 アル・ハルティヤス(カタール) 23 10
09/10 ディヤルバクルスポル(トルコ)
09/10 リールセ(ベルギー) 26
10/11 リールセ(ベルギー) 26
自らゴールを挙げることは少ないものの、懐の深いドリブルやボールキープで前線にて味方が上がる時間を作り、周囲にラストパスを供給します。

10歳で生まれ故郷のクラブ、リヨンの下部組織に入団。そこで14試合で13ゴールとたぐいまれなる才能を見せ、次代のフランス代表のエースとなることが予測されましたが、父親のアドバイスによりカメルーン代表を選びました。
99/00シーズンはUEFA杯でも活躍し注目を集め、2000年夏にミドルスブラへ移籍します。02/03シーズンは本拠マンチェスター・U戦でゴールを挙げて勝利に貢献。翌シーズンもマンチェスター・Uとのアウェー戦でゴールを挙げて勝利すると、リーグ杯決勝ボルトン戦でゴールを決め、チームの初タイトル獲得に貢献。リーグ杯でもアーセナルからゴールを奪いました。
しかし、チームにはオーストラリア代表ヴィドゥカ、オランダ代表ハッセルバインク、ナイジェリア代表ヤクブなどワールドクラスがそろっていたため、レンタル移籍で活路を見いだす状況が続きました。その中でアル・イテハド時代はクラブW杯でゴールを挙げました。
06/07シーズン開幕前はワトフォードでトレーニングをしていましたが契約には至らず、フランスでプレーします。しかしニースでは結果を残せず、カタールやトルコを渡り歩き、リールセでの2年目を最後に現役を引退しています。

代表デビューは1997年11月15日、イングランドとの親善試合でした。弱冠二十歳で翌年のW杯メンバーにも入り、2試合に途中出場して貴重な経験を積みました。
2002年W杯予選は3試合に途中出場しただけでした。絶対的存在のエムボマ、新星エトーの台頭により出番は限られ、本大会も1試合の途中出場のみにおわりました。2006年W杯予選も1試合の出場にとどまり、チームも予選で敗退しました。
コンフェデ杯は2001年と2003年に合計5試合出場しましたが、ゴールはありませんでした。
代表記録 49試合7得点

※1:ジョセフ=デシール・ジョブ(Joseph-Desire JOB)
※2:リヨン(フランス)
2007年8月23日:新規アップ 2012年8月15日更新