ハメス・ロドリゲス(JAMES Rodriguez)
フルネーム ハメス・ダビド・ロドリゲス・ルビオ
国籍 コロンビア  
出身地 ククタ
生年月日 1991・7・12
身長 178cm
体重 78kg
利き足
ポジション MF(OMF)
FK PK FK PK
キャプテン経験 代表
代表デビュー 2011・10・11
ボリビア戦
代表背番号 10
W杯メンバー 14年 18年
ニックネーム  
個人タイトル 13/14リーグアンベストイレブン
14FIFAワールドカップ得点王(6得点)
チームタイトル 09アルゼンチン前期リーグ
10/11〜12/13ポルトガルリーグ
10/11ポルトガルカップ
10/11UEFAヨーロッパリーグ
15/16,16/17UEFAチャンピオンズ・リーグ
16/17リーガ・エスパニョーラ
16,17FIFAクラブワールドカップ
17/18ブンデスリーガ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
08/09 バンフィールド(アルゼンチン) 13 12
09/10 バンフィールド(アルゼンチン) 8 30
10/11 ポルト(ポルトガル) 19 15
11/12 ポルト(ポルトガル) 19 26 13
12/13 ポルト(ポルトガル) 19 24 10
13/14 モナコ(フランス) 10 34
14/15 レアル・マドリー(スペイン) 10 29 13
15/16 レアル・マドリー(スペイン) 10 26
16/17 レアル・マドリー(スペイン) 10 22
17/18 バイエルン(ドイツ) 11 23
18/19 バイエルン(ドイツ) 11    
両足を巧みに操り、効果的なパスと高い決定力で相手を脅かします。卓越したスキル、存在感、端正なマスクといったスター性で、英雄バルデラマが「後継者」と称しています。

2部エンビガドでプレーを始め、08/09シーズンにバンフィールドへ移籍。2009年2月7日に17歳でトップデビューし、続くロサリオ戦で初ゴールを決めます。
2年目は主力として多くの試合に出場。リベルタドーレスでもインテルナシオナウとのアウェー戦でレッドを受けたものの、8試合で5ゴールと高い決定力を見せました。
10/11シーズンにポルトと4年契約し、10月25日U・レイリア戦でポルトガル1部デビュー。C・ソフィア戦ではヨーロッパリーグで初ゴールを挙げると、リーグでもスーパーサブとして2ゴール、ギマラエスとの国内カップ決勝でもハットトリックを決めて3冠を達成しました。
ファルカオが去った2年目は開幕2戦3ゴールやリオ・アヴェ戦の2戦3ゴール、ベンフィカ戦の同点弾など、フッキに次ぐ13ゴール15アシストを挙げました。チャンピオンズ・リーグでは6試合1ゴール1アシストで敗退、ヨーロッパリーグもマンチェスター・Cに連敗しました。
3年目はマリティモ戦の2ゴールやスポルティング戦のPKなど10ゴールします。アシストも13個挙げて同胞ジャクソン・Mが得点王になる原動力になりリーグ3連覇に貢献しました。チャンピオンズ・リーグではPSG相手に決勝点を挙げますが、R16でマラガに敗れました。
13/14シーズンにモウティーニョと共にモナコへ移り、8月10日ボルドー戦でリーグアンデビュー。ファルカオとのホットラインが復活し、9ゴール12アシストと好成績を残しました。
W杯の活躍もあり、R・マドリーに10番で入団します。2014年8月25日コルドバ戦でリーガデビューし、「BBC」やチチャリートと連動して13ゴール13アシストと出色の働きを見せました。2年目はベティス戦の2ゴール1アシスト、R・バジョカーノ戦の3アシストなど7ゴール8アシストをマーク。チャンピオンズ・リーグはローマからダメ押し点を取りますが、その後は出番を得られず、優勝するも不完全燃焼に終わりました。3年目もデポルティボやグラナダ相手の1試合2ゴールなど8ゴール6アシストしますが、ジダン監督の構想から外れました。
17/18シーズンにバイエルンへレンタルされ、9月9日ホッフェンハイム戦でブンデスにデビュー。R・マドリー入団当時のアンチェロッティ監督の下で再起を図るも、この恩師は解任されます。その後ハインケス監督からも信頼され、ドルトムントとの2戦で1ゴール4アシストすると、レヴァークーゼン、アウクスブルク、ケルン戦の1ゴール1アシストなど7ゴール11アシストと持ち味を発揮して優勝に貢献しました。チャンピオンズ・リーグではR・マドリーとの準決勝1stレグで先制アシスト、2ndレグで同点弾と意地を見せますが、連敗しました。

2007年のU−17W杯で3試合に出場しました。2011年に地元で行われたU−20W杯ではキャプテンに就任、5試合3ゴール2アシストでベスト8になりました。
フル代表デビューは10月11日ボリビア戦。2014年W杯予選はこの試合から15試合に出場し、2度の決勝点を含む3ゴールを挙げて、母国を16年ぶりの本大会に導きました。
本大会は序盤から3連発します。日本戦は途中出場からループを決め、ジャクソン・Mに2アシストしました。決勝トーナメントでもウルグアイ戦で大会最優秀ゴールとなる左足ボレーなど2ゴールを挙げ、開催国ブラジル相手のPKと6ゴールで得点王に輝き、母国を初の8強に導きました。コパ・アメリカは2015年に4試合、翌年は6試合で2ゴールを挙げました。
2018年W杯予選は13試合戦い、チリやペルー相手の同点弾などチーム最多の6ゴール4アシストを挙げ、2大会連続出場を果たしました。本大会ではポーランド戦でミナの先制点とクアドラードのダメ押し点をもたらしますが、前回ほどのインパクトは残せませんでした。
代表記録

余談
・元妻は代表の同僚であるGKオスピナの実妹です。
2018年6月19日:新規アップ 2018年7月8日更新