細貝 萌(Hajime HOSOGAI)
フルネーム 細貝 萌(ホソガイ ハジメ)
国籍 日本
出身地 群馬県前橋市
生年月日 1986・6・10
身長 177cm
体重 69kg
利き足
ポジション MF(DMF)
FK PK  
キャプテン経験  
代表デビュー 2010・9・4
パラグアイ戦
代表背番号 13
W杯メンバー  
ニックネーム  
個人タイトル  
チームタイトル 05,06天皇杯
06Jリーグ
07AFCチャンピオンズ・リーグ
11AFCアジアカップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
05 浦和レッズ 32
06 浦和レッズ 3
07 浦和レッズ 3
08 浦和レッズ 3 26
09 浦和レッズ 3 31
10 浦和レッズ 3 28
10/11 アウクスブルク(ドイツ2部) 7
11/12 アウクスブルク(ドイツ) 7 32
12/13 レヴァークーゼン(ドイツ) 14 17
13/14 ヘルタ・ベルリン(ドイツ) 7 33
14/15 ヘルタ・ベルリン(ドイツ) 7 20
15/16 ブルサスポル(トルコ) 21 20
16/17 シュツットガルト(ドイツ2部) 7 10
17 柏レイソル 37    
高い身体能力を活かしたタイトな寄せや空中での競り合いなど、洗練された外見とは裏腹に闘争心を露わにした骨太なスタイルが特徴。技術やパス能力もあってアンカーがメインですが、ストッパーや両SBとあらゆる守備機会をこなせるIQの高さもウリです。

3歳上の双子の兄の影響を受けて幼稚園からサッカーを始めます。小学時代はFWやトップ下と攻撃的なポジションで頭角を現します。広瀬、前橋南FCを経て、中学時代はFC前橋ジュニアユースに入団、3年の時に高円宮杯で3位になりました。
その後名門前橋育英に進み、ここでのプレーが評価されて05シーズンに浦和に入団。第4節G大阪戦でJリーグにデビューします。長谷部や鈴木啓の存在もあってリーグ戦こそ出番は少なかったものの、天皇杯では右ストッパーとして安定した守備を見せて優勝に貢献しました。
その後も阿部や小野の前にリーグ戦での出場は少ないままでしたが、07シーズンは山田暢の離脱によりクラブW杯では右で3試合出場、ナビスコ杯ではプロ初ゴールを挙げました。
08シーズンに小野と長谷部が退団したこともあってレギュラーに定着、10月25日新潟戦でJ初ゴールを挙げると、ACLでもG大阪からゴールを奪うなどプロでの手ごたえを得ます。
以降は中盤に欠かせない存在となって10シーズン終了後にレヴァークーゼンに入団し、その後アウクスブルクへレンタルされてクラブ初の1部昇格を果たします。その後レンタル期間を延長して2011年8月14日カイザースラウテルン戦でブンデスリーガにデビュー、レンタル元のレヴァークーゼンやバイエルン戦、H・ベルリン戦の先制と印象深いゴールを連発し、香川やマリンといったプレミアの強豪にステップアップするアタッカーを封じるなど攻守に成長しました。
そしてレヴァークーゼン復帰を果たすものの、ロルフェスやL・ベンダーの前に本職でのプレーは難しく、出場機会も減少しました。これによりW杯を控えた13/14シーズンにアウクスブルク時代のルフカイ監督率いるH・ベルリンへ移籍します。1年目は自己最多の33試合に出場しましたが、2年目の途中に監督が替わると出場機会が減少しました。
15/16シーズン、ブルサスポルにレンタル移籍して8月29日イスタンブールBB戦でトルコデビューします。リーグ戦とカップ戦でレッドを受ける厳しい結果となりました。
翌シーズンにシュツットガルトへ移りますが、恩師ルフカイ監督の辞任とケガが重なり出番が減少、J開幕後に柏へ移籍しています。

U−15から代表でプレー。2008年北京五輪では2試合に出場しますが、グループリーグで敗退しました。2年後の9月4日パラグアイ戦にて原監督代行によりフル代表デビューします。
ザッケローニ監督の下で臨んだ2011年アジア杯は韓国との準決勝で途中出場、本田圭のPKが弾かれたところを素早く押し込み、日本2大会ぶりの優勝に貢献しました。
2014年W杯予選は6試合、2013年コンフェデ杯に2試合に出場し、遠藤や長谷部の控えとして代表に定着しています。
代表記録

2013年6月11日:新規アップ 2017年3月25日更新