ハビエル・エルナンデス(Javier HERNANDEZ)
フルネーム ハビエル・エルナンデス・バルカサール
国籍 メキシコ
出身地 グアダラハラ
生年月日 1988・6・1
身長 180cm
体重 63kg
利き足
ポジション FW(CF)
FK PK PK
キャプテン経験  
代表デビュー 2009・9・30
コロンビア戦
代表背番号 14
W杯メンバー 10年 14年
ニックネーム チチャリート
個人タイトル 09/10メキシコリーグ得点王
11CONCACAFゴールドカップ最優秀選手
11CONCACAFゴールドカップ得点王(7得点)
チームタイトル 05/06メキシコ前期リーグ
10/11,12/13プレミアリーグ
11CONCACAFゴールドカップ
14FIFAクラブワールドカップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
05/06 チバス・コラス(2部) 11
06/07 タパティオ(2部) 12
06/07 グアダラハラ 25
07/08 タパティオ(2部) 15
07/08 グアダラハラ 25
08/09 タパティオ(2部)
08/09 グアダラハラ 25 22
09/10 グアダラハラ 14 28 21
10/11 マンチェスター・ユナイテッド(イングランド) 14 27 13
11/12 マンチェスター・ユナイテッド(イングランド) 14 28 10
12/13 マンチェスター・ユナイテッド(イングランド) 14 22 10
13/14 マンチェスター・ユナイテッド(イングランド) 14 24
14/15 マンチェスター・ユナイテッド(イングランド) 14
14/15 レアル・マドリー(スペイン) 14 23
15/16 マンチェスター・ユナイテッド(イングランド) 14
15/16 レヴァークーゼン(ドイツ) 7 28 17
16/17 レヴァークーゼン(ドイツ) 7    
ドリブルによる単独でも、スルーパスに抜け出すような周囲との連係からでもフィニッシュを決められる高いゴールセンスを誇るストライカー。身長はそれほどないものの、元代表FWボルヘッティをほうふつとさせるような強力なヘディングも武器の一つです。

7歳でサッカーを始め、2年後に地元グアダラハラのユースに入団。15歳でプロ契約を結び、2005年U−17世界選手権のメンバーにも入りますが、ケガでプレーできませんでした。
2006年9月9日ネカサ戦でのプロデビューを自らゴールで飾ります。その後は毎年トップとリザーブを往復しましたが、08/09シーズンにはリベルタドーレスで5試合3ゴールと結果を残します。翌09/10シーズンの国内では17試合10ゴールで前期を終えると、後期も開幕から5試合連続ゴールと勢いは衰えず21ゴールを挙げて得点王に輝きました。
2010年W杯前にメキシコ人初のマンチェスター・U移籍を決めます。そしてプレシーズンマッチやコミュニティ・シールドでゴールを挙げるなど瞬く間にチームにフィットしました。
8月16日ニューカッスルとの開幕戦でプレミアリーグにデビューし、2ヶ月後のWBA戦で初ゴールを挙げます。得点王になったベルバトフの存在がありながら、ルーニーのパートナーを務め2ケタゴールを挙げてクラブ2年ぶりのリーグ優勝に貢献。キャリア初のチャンピオンズ・リーグでも9試合戦い、バレンシアやチェルシーなど4ゴールを挙げて準優勝になりました。
2年目はウェルベックの台頭に体調不良も重なりフル出場が困難になります。それでもボルトン戦の2ゴールやリヴァプール戦など2ケタゴールと最低限の仕事を見せました。3年目は香川やファン・ペルシの相次ぐ加入で、さらなる試練を迎えます。リーグ戦では先発が半減しながら前年と同様の数字を残して2年ぶりに優勝しました。先発の機会が多かったチャンピオンズ・リーグは6試合で3ゴール、FA杯でも6試合で4ゴールと能力の高さを示しました。
4年目は18試合がベンチスタートで4年続けた2ケタゴールが途切れましたが、スタメンで出たニューカッスル戦で1ゴール1アシスト、リーグ杯で5試合4ゴールと集中力を見せました。
14/15シーズンにR・マドリーへレンタルされます。9月13日のマドリードダービーでリーガにデビューし、デポルティボ戦やセルタ戦で1試合2ゴールを挙げました。チャンピオンズ・リーグではマドリードダービーとなった準々決勝の2ndレグで先発し、決勝点を挙げました。
15/16シーズンにレヴァークーゼンへ移籍。9月12日ダルムシュタット戦でブンデスデビューし、ボルシアMG戦のハットトリックなど17ゴールをマーク。チャンピオンズ・リーグでもバルサやローマなどから5ゴール、国内カップも3試合4ゴールと真価を発揮しました。

2007年U−20W杯に3試合で1ゴールを挙げ、2009年9月30日コロンビア戦でフル代表デビュー。2010年W杯予選は不出場でしたが、親善試合で4ゴールを挙げて本大会メンバーに入り、フランス戦で先制点を挙げ、決勝トーナメントのアルゼンチン戦でもゴールを挙げました。大会終了後の親善試合では優勝したスペインと引き分けるゴールを挙げています。
2011年ゴールド杯では、エルサルバドルとの初戦でのハットトリックなど合計7ゴールでチームを頂点に導き、得点王とMVPに輝きます。これによって出場権を得た2年後のコンフェデ杯ではイタリア戦でPKを決めるも敗れ、ブラジルに完封されてグループリーグ敗退となります。それでも日本戦では2ゴールを挙げて勝ち点3を手にしました。
2014年W杯予選はホンジュラス相手に2ゴールを挙げるなどチーム最多の16試合に出ます。しかし終盤はゴールから遠ざかりペラルタにレギュラーを奪われ、本大会でも序列を覆せませんでした。しかしクロアチア相手に得意のヘッドを決めて役割を果たしました。
2016年コパ・アメリカではジャマイカ戦でゴールを挙げています。
代表記録

余談
・父親は1986年W杯に出場し「チチャロ」の愛称で親しまれたハビエル・エルナンデス・グティエレス、祖父は1954年W杯に出場したトーマス・バルサカールです。
・愛称「チチャリート=小さい緑の豆」は両目が緑色であることが由来となっており、ユニフォームの背ネームにもなっています。

2010年11月10日:新規アップ 2016年6月30日更新