マーク・ヘイトリー(Mark HATELEY)
フルネーム マーク・ウェイン・ヘイトリー
国籍 イングランド  
出身地 ダービー
生年月日 1961・11・7
身長 191cm
体重 81kg
利き足
ポジション FW(CF)
FK PK  
キャプテン経験  
代表デビュー 1984・6・2
ソ連戦
代表背番号 9 18
W杯メンバー 86年
ニックネーム アッティラ
個人タイトル 84UEFAU−21欧州選手権最優秀選手
84UEFAU−21欧州選手権得点王
93/94スコットランドリーグ得点王
94スコットランドリーグ年間最優秀選手(PFA)
94スコットランドリーグ年間最優秀選手(SFWA)
チームタイトル 84UEFAU−21欧州選手権
87/88ディヴィジョンアン
89/90,91/92,92/93スコットランドリーグ・カップ
90/91〜94/95,96/97スコットランドリーグ
91/92,92/93スコットランドカップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
78/79 コヴェントリー
79/80 コヴェントリー
80 デトロイト・エクスプレス(アメリカ) 19
80/81 コヴェントリー 19
81/82 コヴェントリー 34 13
82/83 コヴェントリー 35
83/84 ポーツマス(2部) 38 22
84/85 ミラン(イタリア) 21
85/86 ミラン(イタリア) 22
86/87 ミラン(イタリア) 23
87/88 モナコ(フランス) 28 14
88/89 モナコ(フランス) 18
89/90 モナコ(フランス) 13
90/91 レンジャーズ(スコットランド) 33 10
91/92 レンジャーズ(スコットランド) 30 21
92/93 レンジャーズ(スコットランド) 37 19
93/94 レンジャーズ(スコットランド) 42 22
94/95 レンジャーズ(スコットランド) 23 13
95/96 QPR 26 14
96/97 QPR(2部) 26 13
96/97 リーズ
96/97 レンジャーズ(スコットランド)
97/98 ハル(4部)
98/99 ハル(4部) 12
99/00 ロス(スコットランド3部)
長身に加え出色の跳躍力で強烈なヘディングを打ちます。こぼれ球への反応やポジショニングセンスも備え、セットプレーの争いで優位に立ちます。

チェルシーやリヴァプールに在籍した父親の影響を受けてサッカーを始め、コヴェントリーでプロ生活を始めます。81/82シーズンに13得点を挙げて頭角を現します。83/84シーズンにポーツマスへ移籍。22得点を挙げる活躍に反してチームは16位と精彩を欠きました。
84/85シーズンにミランへ移ります。同胞のMFウィルキンスと共に3年間チームを支えますが、低迷期だったこともあり優勝争いに絡めませんでした。
87/88シーズンにモナコへ移籍します。同胞ホドルやリベリア代表ウェアと共に攻撃を担いリーグ優勝しました。翌シーズンのチャンピオンズ杯は準々決勝でガラタサライに敗れました。
90/91シーズンにレンジャーズへ移籍。最終節アバディーン戦では2得点を挙げます。マッコイストやウクライナ代表ミハイリチェンコとの攻撃で黄金期を築き、93/94シーズンは得点王に輝いて外国人として初めてSFWA年間最優秀選手になりました。
94/95シーズンに家庭の事情でレンジャーズを退団し、QPRに移籍します。しかし満足な結果を残せず2部降格となります。その後のリーズでも結果を残せませんでした。
96/97シーズンにレンジャーズに戻ります。セルティックとのダービーでは退場しますが1−0で勝利したのが大きく、6度目のリーグ優勝を経験しました。97/98シーズン以降は下部リーグでプレーし、99/00シーズンを最後に引退しました。

1984年U−21欧州選手権予選は2試合2得点を挙げると、本大会では5試合で6得点を挙げてチームを優勝に導き、MVPと得点王になりました。
フル代表デビューは1984年6月2日ソ連戦で、2年後のW杯予選は5試合戦ってフィンランド戦など4得点を挙げました。本戦は3試合で無得点に終わりました。
1988年欧州選手権予選は1試合、本戦3試合でいずれも無得点でした。
代表記録 32試合9得点

2016年8月27日:新規アップ