サミール・ハンダノヴィッチ(Samir HANDANOVIC)
フルネーム サミール・ハンダノヴィッチ
国籍 スロヴェニア
出身地 リュブリャナ
生年月日 1984・7・14
身長 192cm
体重 90kg
利き足
ポジション GK
FK PK  
キャプテン経験  
代表デビュー 2004・11・17
スロヴァキア戦
代表背番号
W杯メンバー 10年
ニックネーム  
個人タイトル  
チームタイトル  
所属クラブおよび背番号 出場 得点
02/03 スロヴァン・マブリチャ    
03/04 ザゴリェ(2部) 11
03/04 ドムザレ
04/05 ウディネーゼ(イタリア) 24
05/06 トレヴィーゾ(イタリア) 1
05/06 ラツィオ(イタリア) 24
06/07 リミニ(イタリア2部) 22 39
07/08 ウディネーゼ(イタリア) 22 35
08/09 ウディネーゼ(イタリア) 22 34
09/10 ウディネーゼ(イタリア) 22 37
10/11 ウディネーゼ(イタリア) 1 35
11/12 ウディネーゼ(イタリア) 1 38
12/13 インテル(イタリア) 1 35
13/14 インテル(イタリア) 1 36
14/15 インテル(イタリア) 1 37
15/16 インテル(イタリア) 1 36
16/17 インテル(イタリア) 1    
長身ながら俊敏で守備範囲が広く、鋭いクロスや近距離シュートの対応も難なく処理する安定感に加え、PKストップにも自信を持つGK。ブッフォンにも実力を認められるなどセリエAで評価を高めていますが、スローイングやキックといった攻撃面に改善の余地があります。

ボスニア系の家に生まれます。S・マブリチャ、ザゴリェ、ドムザレなど国内を渡り歩き、04/05シーズンにウディネーゼへ引き抜かれます。しかしデ・サンクティスが不動の地位を築いていたため、セリエAのデビューはシーズン後半の2005年5月15日サンプドリア戦で途中出場となりました。その後2試合先発し、カリアリとミラン相手にドローと無難な結果を残しました。
そして昇格したトレヴィーゾにレンタル移籍しますが、開幕から7失点し3連敗を喫したことで控えに降格となり、続いて在籍するラツィオでも出場機会に恵まれませんでした。
06/07シーズンにセリエBのリミニへレンタルされ39試合に出場。復帰したウディネーゼでは、スペインへ去ったデ・サンクティスの後釜として正守護神となり、エンポリ戦でジョヴィンコの、ミラン戦でカカのPKをストップするなどノルマとなる一ケタ順位を達成。2年目もUEFA杯で10試合戦い、ドルトムントとの1回戦1stレグで2本のPKを止めるなどベスト8に進みました。
3年目は自己最多の試合出場も15位と結果を残せませんでしたが、4年目はコロンビア代表サパタを中心とした最終ラインとの連携を改め、復帰以来最少の43失点でリーグ4位と躍進し、クラブにとって04/05シーズン以来のチャンピオンズ・リーグ出場圏内に入りました。
翌シーズンの同大会プレーオフでは善戦するもアーセナルに経験値の差を見せられますが、ヨーロッパリーグでは10試合に出場してベスト16になりました。国内リーグでは全試合戦い2年連続でチャンピオンズ・リーグ出場権を獲得し、インテルに引き抜かれます。
そして国内リーグ35試合、ヨーロッパリーグ8試合と名門でも正守護神の座を確保しますが、相次ぐ主力のケガで順位は上がりませんでした。2年目もトリノ戦で開始早々に一発レッドを受けるも負けずに済み、チームもナポリと並ぶリーグ3位タイの39失点となりました。

2004年11月17日スロヴァキア戦で代表デビューを果たします。2006年W杯予選は4試合出場しますが敗退、2008年欧州選手権も同様の結果に終わりました。
2010年W杯予選では12試合で4失点に抑え、1位通過のスロヴァキアに2勝します。プレーオフで欧州選手権ベスト4のロシアを下して母国2大会ぶりの出場権を手にします。本戦はグループリーグ敗退でしたが、初戦でW杯初勝利を挙げるなど3試合ゴールを守りました。
その後も2012年欧州選手権予選は9試合、2014年W杯予選は8試合プレーしますが本戦出場はならず、計3枚のイエローを受けるなど安定感にも課題が残りました。
2016年欧州選手権予選は11試合ゴールを守っています。
代表記録

余談
・実兄ヤスミンもプロのGKであり、代表にも名を連ねています。
2011年10月10日:新規アップ 2016年6月1日更新