ウーゴ・アウメイダ(HUGO ALMEIDA)
フルネーム ウーゴ・ミゲル・ペレイラ・デ・アウメイダ
国籍 ポルトガル  
出身地 フィゲイラ・ダ・フォス
生年月日 1984・5・23
身長 190cm
体重 79kg
利き足
ポジション FW(CF)
FK PK FK PK
キャプテン経験  
代表デビュー 2004・2・18
イングランド戦
代表背番号 9 18
W杯メンバー 10年 14年
ニックネーム  
個人タイトル  
チームタイトル 05/06ポルトガルリーグ
05/06ポルトガルカップ
08/09DFBカップ
10/11トルコカップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
01/02 ポルトB(3部)
02/03 ポルトB(3部) 15 16
02/03 ウニオン・レイリア 9 13
03/04 ポルトB(3部)
03/04 ポルト 29
03/04 ウニオン・レイリア 17 15
04/05 ポルト 29
04/05 ボアヴィスタ 77 14
05/06 ポルト 39 28
06/07 ブレーメン(ドイツ) 23 28
07/08 ブレーメン(ドイツ) 23 23 11
08/09 ブレーメン(ドイツ) 23 27
09/10 ブレーメン(ドイツ) 23 26
10/11 ブレーメン(ドイツ) 23 13
10/11 ベジクタシュ(トルコ) 34 12
11/12 ベジクタシュ(トルコ) 9 25 11
12/13 ベジクタシュ(トルコ) 9 20
13/14 ベジクタシュ(トルコ) 9 30 13
14/15 チェゼーナ(イタリア) 27 10
14/15 クバン(ロシア) 20 10
15/16 アンジ(ロシア) 9 12
15/16 ハノーファー(ドイツ) 22
16/17 AEKアテネ(ギリシャ) 33 16
17/18 AEKアテネ(ギリシャ) 33
17/18 ハイデュク・スプリト(クロアチア)    
ポルトガル代表に不足している高さを解決できる資質を備えている大型CFで、空中戦の強さと足元の技術を備えたターゲットマンです。

ナヴァウという2部のクラブでキャリアを始め、ポルトへ加入します。リザーブチームで結果を残して2003年9月21日ベンフィカ戦で1部リーグにデビューするものの、南アフリカ代表マッカーシーなどトップチームの層に跳ね返されレンタル移籍を繰り替しました。
しかし05/06シーズンにポルトに復帰して、レギュラーに定着。チャンピオンズ・リーグでもグループリーグ最下位に終わりましたが、アウェーのインテル戦でFKを決めました。
06/07シーズンにMFヂエゴと共にブレーメンへレンタル移籍し、8月13日ハノーファー戦でブンデスリーガデビューし、続くレヴァークーゼン戦と2試合連続ゴールを決めます。クローゼなど層が厚かったものの、クロアチア代表クラスニッチの長期離脱でポジションを確保すると、自己最多タイの28試合に出場。UEFA杯でも3ゴールを決めて準決勝に進みました。
2年目に4年契約の完全移籍となり、クローゼの抜けた穴をサノゴらと共に埋めて自己初の2ケタゴールをマークし、リーグ2位に貢献。チャンピオンズ・リーグでもオリンピアコスやラツィオからゴールを奪いました。3年目は国内カップを制して自身初タイトルを獲得。UEFA杯では決勝に進むもののサスペンションでプレーできず、チームもシャフタールに敗れました。5年目はZ・パウリ戦でのハットトリックなど前半戦だけで9ゴールを挙げました。
シーズン途中にベジクタシュへ移り、2011年1月21日ブジャスポル戦でトルコリーグデビュー。クアレスマ、シモン、M・フェルナンデスと意思の疎通に事欠かず、カップ戦で4戦連発してPK戦の末勝利しますが、クラブの幹部による八百長疑惑が浮上してタイトルを返上しました。2年目は2度目の2ケタ、同胞の3人が退団した3年目もアンタルヤスポル戦など4試合連続ゴールを挙げました。4年目も2度の3試合連続などキャリアハイの13ゴールを挙げました。
その後はイタリア、ロシア、ドイツを渡り歩きます。16/17シーズンはAEKに入り、9月11日クサンチ相手のギリシャリーグデビュー戦で2ゴールを挙げました。
17/18シーズンの開幕戦もゴールを決めますが、H・スプリトへ移籍しています。

U−15より代表招集を受け、2003年はU−19欧州選手権で3ゴールを挙げ、トゥーロンも制しました。2004年はU−21欧州選手権で3ゴール、アテネ五輪で1ゴールを挙げました。
フル代表デビューは2004年2月18日イングランド戦。2008年欧州選手権予選は8試合で2ゴールを挙げました。本大会では2試合ノーゴールに終わりました。
2010年W杯予選は7試合で2ゴール。本大会では2試合先発して北朝鮮戦でゴールを取りますが、スペイン戦で結果を出せず敗れました。その後2012年欧州選手権と2014年W杯のメンバーにも名を連ね、スーパーサブとしての役割を担っています。
代表記録

2017年3月14日:新規アップ 2017年8月31日更新