フルネーム テオフィロ・アントニオ・グティエレス・ロカンシオ
国籍 コロンビア  
出身地 バランキージャ
生年月日 1985・5・27
身長 175cm
体重 72kg
利き足
ポジション FW(CF)
FK PK PK
キャプテン経験  
代表デビュー 2009・8・12
エクアドル戦
代表背番号
W杯メンバー 14年
ニックネーム テオ
個人タイトル 09コロンビアリーグ得点王
11アルゼンチン後期リーグ得点王
11南米年間最優秀選手(エル・パイース紙)
チームタイトル 09/10トルコカップ
12/13メキシコカップ
13/14アルゼンチンリーグ
14コパ・スダメリカーナ
15レコパ・スダメリカーナ
15コパ・リベルタドーレス
所属クラブおよび背番号 出場 得点
07 バランキージャ 11
08 バランキージャ 24 11
09 バランキージャ 44 30
09/10 トラブゾンスポル(トルコ) 90 11
10/11 トラブゾンスポル(トルコ) 9
10/11 ラシン・クラブ(アルゼンチン) 29 16 11
11/12 ラシン・クラブ(アルゼンチン) 15 24
12 アトレティコ・ジュニオール 29 18
12/13 クルス・アスール(メキシコ) 29 21
13/14 リーベル・プレート(アルゼンチン) 29 27
14 リーベル・プレート(アルゼンチン) 29 13 10
15 リーベル・プレート(アルゼンチン) 19
15/16 スポルティング(ポルトガル) 19 23 11
16/17 ロサリオ・セントラル(アルゼンチン) 29 21
17 アトレティコ・ジュニオール    
点取り屋として最前線で構えるだけではなく、中盤に下がって味方との連動で崩したり、組み立てたりと多彩な動きができるFW。気性が激しくカードが多いのが欠点です。

2部リーグで経験を積み、2007年2月3日サンタフェ戦で1部リーグにデビューします。1年目は1ゴールに終わりますが、2年目は8試合連続ゴールなど11ゴールと頭角を現します。
3年目はククタ、エンビガドと2試合連続、O・カルダス(退場処分も)、B・チコ戦と4度もハットトリックを決めるなどG・エルナンデスやバッカと共に量産し、30ゴールで得点王に輝きました。
09/10シーズンにトラブゾンスポルへ移り、11月1日オスマンルスポル戦でトルコリーグにデビューします。しかしウムト・Bの前にベンチを温めます。2年目もブラク・Yが加入してきた中でも2度の1試合2ゴールを挙げますが、ベジクタシュ戦で退場処分となりました。チャンピオンズ・リーグでは2年目の予選でリヴァプール相手に一矢報いました。
10/11シーズンにラシンに移籍し、2月20日ボカ戦でアルゼンチンリーグにデビュー。続くサン・ロレンソ戦から3戦で5ゴールを挙げるなど2ケタゴールを達成しました。翌シーズンも開幕2戦で3発と出だしは好調だったものの、4枚もレッドを受けるなど自ら出場機会を減らして8ゴールにとどまりました。その後A・ジュニオールではベテランG・エルナンデス、C・アスールではアルゼンチン代表パボーネへチャンスをもたらす献身性も見せました。
13/14シーズンにリーベルへ移籍し、同胞カルボネロやカベナギとの前線でリーグタイトルを獲ります。2年目は開幕から6試合連続ゴールなど2ケタゴールを達成。、3年目も7試合5ゴール、リベルタドーレスでも3ゴールで優勝に貢献するなど決定力を見せつけました。
15/16シーズンにスポルティングと3年契約し、8月14日トンデラ戦でリーグデビュー。マリオやアドリエン、ルイスと周囲に恵まれ、スリマニに次ぐ11ゴールを挙げました。チャンピオンズ・リーグでは予選でC・モスクワとの両試合でゴールを挙げますが、本大会行きはなりませんでした。ヨーロッパリーグではベジクタシュ戦でゴールを挙げて決勝トーナメントに進みました。
その後ロサリオへのレンタルを経て、A・ジュニオールに復帰しています。

2009年8月12日エクアドル戦で代表デビュー。翌年のW杯予選ではエクアドル戦でゴールを挙げます。しかし続くウルグアイ戦で一発レッドになるなど本戦出場はなりませんでした。
2014年W杯予選は11試合に出場、ウルグアイやチリなどから6ゴールを挙げて母国4大会ぶりの出場に貢献しました。4試合に出た本戦はギリシャ戦でゴールを挙げました。
2011年と2015年の計7試合に出たコパ・アメリカはノーゴールに終わりました。その後リオ五輪にオーバーエージで出場、日本戦など3試合連続ゴールと役割を果たしました。
代表記録

※:テオフィロ・グティエレス(Teofilo GUTIERREZ)
2016年8月8日:新規アップ 2017年6月25日更新