カミル・グリク(Kamil GLIK)
フルネーム カミル・グリク
国籍 ポーランド※1  
出身地 ※2
生年月日 1988・2・3
身長 190cm
体重 80kg
利き足
ポジション DF(CB)
FK PK PK
キャプテン経験 クラブ 代表
代表デビュー 2010・1・20
タイ戦
代表背番号 15
W杯メンバー 18年
ニックネーム  
個人タイトル 16/17リーグアンベストイレブン(UNFP)
チームタイトル 16/17リーグアン
所属クラブおよび背番号 出場 得点
05/06 シレシア・ルボミア(5部)    
05/06 オラダダ(スペイン4部)    
06/07 オラダダ(スペイン4部)    
06/07 レアル・マドリーC(スペイン4部)    
07/08 レアル・マドリーC(スペイン4部) 18
08/09 ピアスト・グリヴィツェ 25 26
09/10 ピアスト・グリヴィツェ 25 28
10/11 パレルモ(イタリア) 25
10/11 バーリ(イタリア) 52 16
11/12 トリノ(イタリア2部) 25 23
12/13 トリノ(イタリア) 25 32
13/14 トリノ(イタリア) 25 34
14/15 トリノ(イタリア) 25 32
15/16 トリノ(イタリア) 25 33
16/17 モナコ(フランス) 25 36
17/18 モナコ(フランス) 25 36
18/19 モナコ(フランス) 25    
長身で屈強なフィジカルに俊敏性も備え、ボランチにも対応できる持久力と判断力、セットプレーでの得点力を併せ持つポーランド代表です。

少年時代は地元クラブで過ごし、05/06シーズンにS・ルボミアでプロ生活を始めます。19歳でスペインに移り、R・マドリーのCチームでプレーしました。
その後母国P・グリヴィツェと4年契約を結び、2008年8月30日ヤギエロニア戦でリーグデビュー。レギュラーとして2年で54試合2得点の成績を残しました。
10/11シーズンにパレルモへ移ります。リーグ戦は出番に恵まれず、ヨーロッパリーグで4試合に出場した後バーリへレンタルされます。1月6日レッチェ戦のセリエAデビュー以降レギュラーに定着しますが、終盤のローマ戦で退場して敗れるなど最下位で降格しました。
11/12シーズンにパレルモとの共同保有でトリノに移ります。オグボンナやダルミアン、ダンブロージオと最終ラインを築き、攻撃でもクロトーネやレッジーナ戦でゴールを取って勝利するなどチーム4年ぶりのA復帰に貢献しました。12/13シーズンはバーリ時代のGKジレも含めた守備陣を引き締めますが、トリノダービーでは両試合で退場してチームも完封負けに終わりました。攻撃ではラツィオ相手に先制ゴールを挙げましたが、同点に追いつかれました。
13/14シーズンはイエローが2ケタになりますが33試合に先発、ラツィオ戦で決勝ゴールを挙げるなど辛くもAに残留したチームが7位になる原動力になりました。翌シーズンはアウェーのナポリ戦でレッドを受けますが、カリアリやパレルモ、ミランへのゴールで勝ち点を拾い、ジェノア戦ではドッピエッタを決めました。その後アタランタ、本拠ナポリ戦では決勝ゴールと、ローマ時代のボニエクと同数で自己最多となる7ゴールを挙げました。ヨーロッパリーグも8試合戦い、決勝トーナメントのR16ゼニト戦2ndレグでゴールを挙げますが、合計1−2で敗れました。
クラブ初の外国人キャプテンになるなど大活躍したトリノを離れ、16/17シーズンにモナコへ移籍、8月12日ギャンガン戦でリーグアンデビューします。そして全6ゴールで勝利に貢献し、ブラジル代表ジェメルソンらと共にリーグ2位の31失点に抑え、クラブ17年ぶりの優勝を果たしました。チャンピオンズ・リーグでもレヴァークーゼン戦の同点弾など4強になりました。
2年目はトゥールーズ戦で決勝弾、マルセイユ戦で先制弾、トロワ戦で決勝アシストと勝負強さを披露。チャンピオンズ・リーグは6試合で1度も勝てませんでした。

U−19とU−21でプレーした後、2010年1月20日タイ戦で代表デビュー。2年後の欧州選手権は落選しましたが、2014年W杯予選はイングランド戦で同点ゴールを決めました。
2016年欧州選手権では9試合に出場し、ジョージア戦で先制点を挙げて勝利に貢献しました。本大会準々決勝ポルトガル戦ではPK戦にもつれ3人目として成功させました。しかし後が続かず5試合戦って90分で2勝3分と、無敗で大会を終えました。
9試合に出場した2018年W杯予選はデンマーク戦でオウンゴールするも勝利して事なきを得、カザフスタン戦では追加点を挙げて出場権を獲得しました。
代表記録

※1:ドイツ国籍もあり
※2:ヤストシェンビシェ=ズドルイ
2018年10月21日:新規アップ