フルネーム ジュリアーノ・ジャンニケッダ
国籍 イタリア  
出身地 カストロチェロ
生年月日 1974・9・21
身長 179cm
体重 75kg
利き足
ポジション MF(DMF)
FK PK  
キャプテン経験  
代表デビュー 1999・3・31
ベラルーシ戦
代表背番号  
W杯メンバー登録歴  
ニックネーム  
個人タイトル  
チームタイトル  
所属クラブおよび背番号 出場 得点
91/92 ポンテコルボ
92/93 ソーラ 15
93/94 ソーラ 18
94/95 ソーラ 31
95/96 ウディネーゼ
96/97 ウディネーゼ 23
97/98 ウディネーゼ 16 30
98/99 ウディネーゼ 16 30
99/00 ウディネーゼ 16 29
00/01 ウディネーゼ 16 31
01/02 ラツィオ 16 28
02/03 ラツィオ 16 25
03/04 ラツィオ 16 22
04/05 ラツィオ 16 32
05/06 ユヴェントス 23 15
06/07 ユヴェントス(2部) 8 20
07/08 リヴォルノ 16
豊富な経験に裏づけされた戦術眼や状況判断に優れるボール奪取のスペシャリスト。執拗なマークやポジショニングもすばらしく、センターハーフとしての能力はセリエA屈指です。

ポンテコルボの下部組織からキャリアが始まり、リベロとしてプレーしていました。その後ノラ、フォルミアと2つのクラブを渡り歩き、ソーラへ移籍。ここでボランチにコンバートされて潜在能力が開花し、所属した3シーズンでチームを上のリーグへ引き上げる原動力となりました。
1995年にウディネーゼに移籍すると、ザッケローニ監督に見出されセリエAデビュー。翌シーズンからはレギュラーに定着し、97/98シーズンにはリーグ3位に躍進しました。
ラツィオでは給料遅延問題などがあり、プレーに集中できる環境ではありませんでしたが、それでも献身的なプレーを見せます。その甲斐あって2005年にユヴェントスに引き抜かれます。ここでは世界最高と評されたエメルソンとヴィエラが組むコンビの前に出場機会は限られたものの、貴重なバックアッパーとしてチームに安心感をもたらしました。
06/07シーズンはチームのB降格に伴い、エメルソンとヴィエラが去ります。自身は残って新加入のザネッティと共に中盤のレギュラーとなり、1年でのA復帰に貢献しました。
契約満了になり、07/08シーズンのリヴォルノでのプレーを最後に引退しています。

1999年3月の欧州選手権予選ベラルーシ戦で代表デビューを果たしています。
代表記録 3試合
※:ジュリアーノ・ジャンニケッダ(Giuliano GIANNICHEDDA)
2006年1月10日:新規アップ 2012年9月6日更新