テオファニス・ゲカス(Theofanis GEKAS)
フルネーム テオファニス・ゲカス
国籍 ギリシャ
出身地 ラリッサ
生年月日 1980・5・23
身長 179cm
体重 71kg
利き足
ポジション FW(CF)
FK PK PK
キャプテン経験  
代表デビュー 2005・3・30
アルバニア戦
代表背番号 17
W杯メンバー 10年 14年
ニックネーム ファニス=神
個人タイトル 04/05ギリシャリーグ得点王
06/07ブンデスリーガ得点王
チームタイトル  
所属クラブおよび背番号 出場 得点
98/99 ラリッサ(2部)
99/00 ラリッサ(2部) 24
00/01 ラリッサ(2部) 29 10
01/02 カリテア(2部) 26 14
02/03 カリテア 29
03/04 カリテア 28 13
04/05 カリテア 16 10
04/05 パナシナイコス 44 13
05/06 パナシナイコス 7 28 15
06/07 パナシナイコス 7
06/07 ボーフム(ドイツ) 22 32 20
07/08 レヴァークーゼン(ドイツ) 10 29 11
08/09 レヴァークーゼン(ドイツ) 10 15
08/09 ポーツマス(イングランド) 29
09/10 レヴァークーゼン(ドイツ) 29
09/10 ヘルタ・ベルリン(ドイツ) 17 17
10/11 フランクフルト(ドイツ) 21 34 16
11/12 フランクフルト(ドイツ2部) 21 14
11/12 サムスンスポル(トルコ) 32 11
12/13 レバンテ(スペイン) 17
12/13 アキサル・ベレディイェ(トルコ) 17 15 12
13/14 コンヤスポル(トルコ) 22 24 13
14/15 アキサル・ベレディイェ(トルコ) 17 24 12
15/16 エスキシェヒルスポル(トルコ) 18 10
15/16 シオン(スイス) 33 18 10
16/17 シオン(スイス) 33 12
16/17 シワススポル(トルコ2部) 33    
17/18 シワススポル(トルコ2部) 33  
ポジショニングセンスと裏へぬけだすスピードに、絶妙のタイミングと驚異的な跳躍力によって身長の割にヘディングでもゴールネットを揺らすなど、エリア内で持ち味を発揮します。
運動量も豊富で、前線から積極的にボールを奪ってそのままシュートに持ち込むような抜け目のなさもあり、ギリシャが世界に誇るストライカーです。

ラリッサという2部のクラブからプロのキャリアをはじめ、00/01シーズンにライバルのカリテアへ移籍。ここで素晴らしい成績を残し、チームの昇格に大きく貢献します。リーグ自体は3強(オリンピアコス、パナシナイコス、AEKアテネ)がタイトルを占めることがほとんどであり自身の存在がクローズアップされることはありませんでしたが、確実に結果を残していきます。
04/05シーズン途中にパナシナイコスに引き抜かれ、高い決定力を見せて得点王になります。05/06シーズンにはチャンピオンズ・リーグにも初出場を果たしました。
06/07シーズン開幕後にボーフムへレンタル移籍します。8月26日コットブス戦でデビューすると、第4節のニュルンベルク戦でブンデスリーガ初ゴールを挙げます。ボルシアMG戦でのループなど格上のリーグでも躍動し、昇格したてのチームを8位に導きました。そして3月10日ドルトムント戦から5月5日ハンブルガーSV戦まで8試合連続ゴールをマークし、マカーイ、フライ、クラーニィらを上回る20ゴールを挙げて得点王に輝きました。この活躍により、リーグの年間最優秀選手投票ではヂエゴに次ぐ2位の得票数を獲得しました。
07/08シーズンよりレヴァークーゼンでプレー。シュナイダーやバルネッタら優れたチャンスメーカーの存在もあってランキングの上位につけ、チーム成績も比例して上昇しました。
08/09シーズン、序盤戦が不調だったためポーツマスへレンタルされますが、自身の獲得を熱望していたアダムス監督が解任されたため出場機会を得られませんでした。
レヴァークーゼンに復帰しますが、キースリンクの存在によりベンチが定位置となってH・ベルリンへレンタルされます。そしてヴォルフスブルク相手のハットトリックなど6ゴールを挙げました。
フランクフルトでは、アマナティディスとの2トップで5度の1試合2ゴールなど16ゴールと復活を遂げまました。チームは降格しますが、自らは残ってコンスタントにゴールを挙げました。
サムスンスポルでも好調を維持して12/13シーズンにレバンテに入り、8月19日A・マドリーとの開幕戦でスペインリーグにデビューしますが、結果を残せませんでした。その後トルコに渡り、高い決定力を見せて昇格したチームを1部残留に導きます。翌シーズンはコンヤスポルでフレブとホットラインを築き、アキサルに戻って3年連続2ケタゴールを達成しました。
15/16シーズンも、クラブが変わりながらも開幕2試合目でハットトリックを決めるなど好調を維持して後半にシオンに移ります。2月7日チューリッヒ戦でスイスリーグにデビューし、ルガーノとのホーム戦でハットトリックを決めました。2年目の途中にトルコ2部へ移っています。

U−21で3試合プレーした後のフル代表デビューは2005年3月30日アルバニア戦で、同年のコンフェデ杯にも2試合出場します。翌年のW杯予選では3試合プレーしました。
2008年欧州選手権予選よりレーハーゲル監督にクラブでの実績が認められ、9試合に出場。終盤のマルタ戦ではハットトリックを決めるなど5ゴールを挙げ、本大会出場に貢献します。優勝した前回は出場していなかったため自身初のビッグトーナメントでしたが、2試合でノーゴールと精彩を欠き、チームもグループリーグ敗退となりました。
2010年W杯予選では、ルーニーやジェコを上回る欧州最多の10ゴールを挙げて(ラトビアとの2試合で6ゴール)母国を4大会ぶりの出場に導きますが、本大会では序盤の2試合で結果が出ず3戦目でベンチに下げられ、チームもグループリーグで敗退しました。
2012年欧州選手権予選は4試合だけでしたが、唯一のゴールがクロアチアに勝つ貴重なものであり首位で突破します。本戦もフル稼働はなりませんでしたが4試合戦い、チェコ戦では途中出場からゴールを決めました。チームは2大会ぶりにグループリーグを突破しました。
2014年W杯予選はミトログルにその座を脅かされましたが、本大会メンバーに残ります。そして主にスーパーサブとして全4試合戦い、初の決勝トーナメント進出を果たしました。
2016年欧州選手権予選は1試合にとどまりました。
代表記録

余談
・ファーストネーム「テオファニス」は短縮形で「ファニス」と呼ばれることもあり、ドイツ語で「神」という意味です。得点王に輝いて1部残留の立役者になった自身は、ボーフムのサポーターにとってまさに救世主的存在であるといえます。
2008年2月28日:新規アップ 2017年6月18日更新