ギジェルモ・フランコ(Guillermo FRANCO)
フルネーム ギジェルモ・ルイス・フランコ・ファルクアソン
国籍 メキシコ
出身地 コリエンテス
生年月日 1976・11・3
身長 182cm
体重 76kg
利き足
ポジション FW(CF)
FK PK PK
キャプテン経験  
代表デビュー 2005・10・8
グアテマラ戦
代表背番号 9 10
W杯メンバー 06年 10年
ニックネーム ギジェ 
個人タイトル 02/03メキシコ前期リーグ最優秀選手
03/04メキシコ後期リーグ得点王
チームタイトル 00/01アルゼンチン前期リーグ
01コパ・メルコスール
02/03メキシコ後期リーグ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
95/96 サン・ロレンソ(アルゼンチン)
96/97 サン・ロレンソ(アルゼンチン)
97/98 サン・ロレンソ(アルゼンチン) 10
98/99 サン・ロレンソ(アルゼンチン)
99/00 サン・ロレンソ(アルゼンチン) 26 10
00/01 サン・ロレンソ(アルゼンチン) 19
01/02 サン・ロレンソ(アルゼンチン) 26
02/03 モンテレー 10 39 15
03/04 モンテレー 10 30 12
04/05 モンテレー 10 28 23
05/06 モンテレー 10 22 13
05/06 ビジャレアル(スペイン) 9 12
06/07 ビジャレアル(スペイン) 9 27
07/08 ビジャレアル(スペイン) 9 24
08/09 ビジャレアル(スペイン) 9 18
09/10 ウェストハム(イングランド) 23
10/11 ベレス(アルゼンチン) 20
11/12 ベレス(アルゼンチン) 20 12
11/12 パチューカ 11
12 シカゴ・ファイヤー(アメリカ) 10
引いた位置からのパスや意外性あるワンタッチで攻撃にリズムを与えます。周囲を活かすだけでなく自らもヘディングでゴールを量産。特にペナルティエリア内での強さが目を引きます。

アルゼンチン北東部にあるコリエンテス出身。へその緒が首に三重に巻きついている状態で生まれ、しばらくは保育器の中で過ごして一命を取り留めました。
4歳の時に両親が離婚し、祖母の下で暮らすことになります。9歳の頃には感電して再び命を脅かされながら奇跡的に助かるなど、波乱に満ちた少年時代を過ごしました。
14歳の時に父親と暮らすため故郷に戻り、サン・ロレンソに入団。下部組織で練習を積み、1996年5月12日のラヌース戦でトップリーグデビューを飾ります。99/00シーズンに2ケタ得点をマークしますが、在籍した7年間コンスタントに活躍したとは言い難いものになりました。
その後アルゼンチンが財政危機に陥ったため、モンテレーへ移籍。2002年8月3日アトランテ戦でメキシコリーグデビューして得点を決めます。2年目は5度の1試合2得点、3年目はパチューカ戦でハットトリックを達成するなど4年で113試合57得点の数字を残してチームを上位に導き、個人としても得点王に輝いて、リーグ屈指のストライカーに成長を遂げました。
05/06シーズン途中、サン・ロレンソ時代の恩師ペジェグリーニ監督率いるビジャレアルに移籍。2月26日ビルバオ戦でリーガデビューし、続くアラベス戦で2得点に絡む活躍を見せます。チャンピオンズ・リーグにもスーパーサブとして5試合プレー。インテルなどを下してベスト4進出を果たすもののアーセナルに敗れ、決勝進出はなりませんでした。
クラブとの契約が満了し、09/10シーズンにウェストハムに入団します。10月17日ストーク戦でプレミアデビューし、フル出場は少ないながら23試合5得点の成績を残しました。
10/11シーズンからベレスへ移り得点力の健在ぶりを見せますが、途中で母国パチューカへ。続くMLSでも結果が出ず、一線を退いています。

2005年にメキシコへ帰化して10月8日のW杯予選グアテマラ戦で代表デビューを飾り、いきなり得点を記録。2006年W杯も3試合出場しました。2009年ゴールド杯では3試合の途中出場から2得点と、スーパーサブとしての役割を果たしました。
2010年W杯予選でも6試合2得点、本大会でも4試合出場してベスト16になりました。
代表記録 25試合7得点
2008年11月14日:新規アップ 2013年9月7日更新