エムレ・ベロゾグル(EMRE Belozoglu)
フルネーム エムレ・ベロゾグル
国籍 トルコ
出身地 イスタンブール
生年月日 1980・9・7
身長 171cm
体重 68kg
利き足
ポジション MF(CMF)
FK PK FK PK
キャプテン経験 クラブ 代表
代表デビュー 2000・2・23
ノルウェー戦
代表背番号 5 21
W杯メンバー 02年
ニックネーム  
個人タイトル  
チームタイトル 97/98〜99/00,10/11,13/14トルコリーグ
98/99,99/00,11/12,12/13トルコカップ
99/00UEFAカップ
04/05コッパ・イタリア
所属クラブおよび背番号 出場 得点
97/98 ガラタサライ 24
98/99 ガラタサライ 27
99/00 ガラタサライ 24
00/01 ガラタサライ 5 27
01/02 インテル(イタリア) 5 14
02/03 インテル(イタリア) 5 25
03/04 インテル(イタリア) 5 21
04/05 インテル(イタリア) 5 19
05/06 ニューカッスル(イングランド) 5 20
06/07 ニューカッスル(イングランド) 5 24
07/08 ニューカッスル(イングランド) 5 14
08/09 フェネルバフチェ 5 25
09/10 フェネルバフチェ 5 25
10/11 フェネルバフチェ 5 27
11/12 フェネルバフチェ 5 26
12/13 アトレティコ・マドリー(スペイン) 21
12/13 フェネルバフチェ 25 10
13/14 フェネルバフチェ 25 20
14/15 フェネルバフチェ 25 26
15/16 イスタンブールBB 25 26
16/17 イスタンブールBB 25 27
17/18 イスタンブールBB 25    
小柄な体にみなぎる無尽蔵のスタミナと闘争心に加え、左足でのテクニックと視野の広さ、パスセンスに非凡さを見せる司令塔です。強烈なキックもあり、2列目からも得点を狙います。

12歳からゼイティンブルヌスポルで育ち、2年後にガラタサライに移ります。96/97シーズンに同国きっての名将テリムにより才能を見出され16歳でトップチームに昇格します。翌シーズンからレギュラーになり、ルーマニア代表のハジから多くを吸収、リーグ2冠に加え99/00シーズンにはトルコ勢初の国際タイトルであるUEFA杯を手にしました。
しかしUEFA杯決勝アーセナル戦、トルコ杯決勝アンタルヤスポル戦には出場していません(前者では準決勝リーズ戦で退場し、出場停止処分)。その後R・マドリーとのスーパー杯を制しますが、チャンピオンズ・リーグでは準々決勝でR・マドリーの雪辱を許しました。
ガラタサライでの契約が満了し、僚友オカンとともにインテルに移籍。2シーズン目からレギュラーとなり、チャンピオンズ・リーグでもベスト4にコマを進めました。しかし04/05シーズンに就任したマンチーニ監督からは重要視されず、ニューカッスルへ新天地を求めました。
2005年8月14日アーセナル戦でプレミアデビューし、本拠サンダーランド戦で1得点2アシストを見せます。プレースピードに戸惑い度重なるケガに悩みましたが、サンダーランド戦でのFKゴールなどで自信をつけ、アラダイス監督就任以降も重宝されました。
08/09シーズンに欧州を制したアラゴネス監督率いるフェネルバフチェへ。8年ぶりの復帰となり、2年目はヨーロッパリーグのリール戦で得点を決めました。3年目はリーグ優勝を達成しましたが、八百長疑惑でチャンピオンズ・リーグ出場権をはく奪されました。4年目はリーグ2位でチャンピオンズ・リーグ出場権を獲得し、クラブ29年ぶりのカップ優勝を達成しました。
クラブとの契約が満了となり12/13シーズンにA・マドリーへ。10月7日マラガ戦でリーガデビューし、退団するヂエゴの後釜として同胞アルダとの2列目からの崩しが期待されます。しかしわずか7試合にとどまりフェネルバフチェに戻ります。メイレレスやメフメト・Tといった強力な守備的MFの存在もあり、ソウやエメニケ、カイトへ配球してタイトルを手にしました。
15/16シーズンにイスタンブールへ移籍しています。

代表デビューは2000年2月23日ノルウェー戦です。2002年W杯予選は初戦モルドヴァ戦で追加点を挙げるなど4試合に出場。本大会でも全6試合に出場してコスタリカ戦で得点を決め、3位躍進の原動力となりました。しかし2004年欧州選手権予選はラトビアに、10試合戦った2006年W杯予選はスイスにそれぞれプレーオフで涙を飲みました。
2008年欧州選手権予選ではキャプテンを務め、7試合1得点で出場権を獲得しました。本大会では躍進したチームに反比例する形で、わずか1試合の出場にとどまりました。
2010年W杯予選は7試合で2得点、2012年欧州選手権予選は8試合、2014年W杯予選は4試合引き続き招集されますが、いずれも出場権を逸しました。
2016年欧州選手権予選は1試合にとどまりました。
代表記録

2008年2月1日:新規アップ 2017年6月28日更新