スチュワート・ダウニング(Stewart DOWNING)
フルネーム スチュワート・ジェイソン・ダウニング
国籍 イングランド
出身地 ミドルスブラ
生年月日 1984・7・22
身長 180cm
体重 64kg
利き足
ポジション MF(LMF)
FK PK  
キャプテン経験 クラブ
代表デビュー 2005・2・9
オランダ戦
代表背番号 20
W杯メンバー 06年
ニックネーム  
個人タイトル  
チームタイトル 03/04,11/12イングランドリーグ・カップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
01/02 ミドルスブラ 34
02/03 ミドルスブラ 17
03/04 サンダーランド(2部) 24
03/04 ミドルスブラ 19 19
04/05 ミドルスブラ 19 35
05/06 ミドルスブラ 19 12
06/07 ミドルスブラ 19 34
07/08 ミドルスブラ 19 38
08/09 ミドルスブラ 19 37
09/10 アストン・ヴィラ 6 25
10/11 アストン・ヴィラ 6 38
11/12 リヴァプール 19 36
12/13 リヴァプール 19 29
13/14 ウェストハム 23 32
14/15 ウェストハム 23 37
15/16 ミドルスブラ(2部) 19 45
16/17 ミドルスブラ 19 30
17/18 ミドルスブラ 19    
スピードに乗ったドリブル突破から左足で正確なクロスを供給するサイドアタッカー。懸案となっている右足でのボール扱いも向上しており、代表にも定着しつつあります。

生まれ育った地元ミドルスブラのユースで成長します。2001年9月にトップチームに昇格し、翌年4月24日イプスウィッチ戦にて弱冠17歳でプレミアリーグデビューを果たします。
翌02/03シーズン、10月1日のリーグ杯ブレントフォード戦にてプロゴールを挙げますが、オランダ代表ゼンデンの壁は厚く、03/04シーズン途中に2部のサンダーランドへレンタル移籍します。ノースイースト地方のライバルチームであった事から自身にとって屈辱的な出来事となりますが、7試合の出場ながら3ゴールと存在感を示しました。
この活躍により12月にミドルスブラへ復帰し、徐々に出場機会を増やしてクラブ史上初タイトルとなるリーグ杯を制覇します。04/05シーズンにはレギュラーの地位を確立し、右サイドのメンディエタと共にサイド攻撃を活性化させ、ヴィドゥカとハッセルバインクの強力2トップにボールを送り込んでチーム最多の11アシストを記録、瞬く間にサポーターのアイドルとなりました。
飛躍が期待された翌05/06シーズンはヒザのケガでシーズンの半分を棒に振りましたが、戦列復帰後はUEFA杯に9試合出場し、準優勝に貢献。翌シーズンはリーグで7アシスト、FA杯で5アシストとサイドアタッカーとしての役割を果たしました。
07/08シーズンは自己最多の9ゴールを挙げますが、翌シーズンはFA杯こそ2ゴール3アシストだったものの、リーグではノーゴールに終わりチームも降格しました。
これに伴いアストン・ヴィラへ移籍。初年度はFA杯で6試合で4アシストを決めると、2年目7ゴール7アシストでクラブ最優秀選手に輝きました。そしてリーグ最終節にゴールを決めたリヴァプールへ移籍し、同時加入で同じ左利きのアダムと共にジェラードの不在をカバーしました。
13/14シーズンにウェストハムへ移り32試合に出場、終盤にはトッテナムからゴールを挙げます。翌シーズンは6ゴール8アシストとコンバートされたトップ下として機能しました。
15/16シーズンに古巣ボロに戻って昇格に貢献。2年ぶりのプレミアでも健在ぶりを披露しますが、1年で2部に逆戻りしています。

Uー21代表で8試合に出場すると、エリクソン監督の目に留まって2005年2月9日オランダ戦でフル代表デビューします。その後右ヒザを手術して4ヶ月間をリハビリに費やしましたが、2006年W杯前に戦線復帰し、本大会メンバーとして3試合に出場しました。
大会後にクラブ時代の恩師マクラーレン監督が就任し、初戦ギリシャ戦でも先発に名を列ねて初采配の勝利に貢献。2008年欧州選手権予選は8試合出場するも突破できませんでした。
カペッロ監督からも召集されますが、2010年W杯予選は1試合のみの出場でした。しかしクラブでの活躍により2012年欧州選手権予選で復帰し、5試合2アシストと期待に応えます。ホジソン監督就任後の本大会でもメンバーには入りましたが、出場機会はありませんでした。
代表記録

余談
・シーズンオフにはクラブDJを務めることもあります。
2008年11月23日:新規アップ 2017年7月8日更新