フランシスコ・デ・ペドロ(Francisco DE PEDRO) | |||||||||||||||||||||||||||||
フルネーム | フランシスコ・ハヴィエル・デ・ペドロ・ファルケ | ||||||||||||||||||||||||||||
国籍 | スペイン | ||||||||||||||||||||||||||||
出身地 | ログローニョ | ||||||||||||||||||||||||||||
生年月日 | 1973・8・4 | ||||||||||||||||||||||||||||
身長 | 180cm | ||||||||||||||||||||||||||||
体重 | 78kg | ||||||||||||||||||||||||||||
利き足 | 左 | ||||||||||||||||||||||||||||
ポジション | MF(LMF) | ||||||||||||||||||||||||||||
FK PK | FK | ||||||||||||||||||||||||||||
キャプテン経験 | |||||||||||||||||||||||||||||
代表デビュー | 1998・9・23 ロシア戦 |
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代表背番号 | 11 | ||||||||||||||||||||||||||||
W杯メンバー | 02年 | ||||||||||||||||||||||||||||
ニックネーム | |||||||||||||||||||||||||||||
個人タイトル | |||||||||||||||||||||||||||||
チームタイトル | |||||||||||||||||||||||||||||
所属クラブおよび背番号 | 出場 | 得点 | |||||||||||||||||||||||||||
92/93 レアル・ソシエダB(3部) | 34 | 6 | |||||||||||||||||||||||||||
93/94 レアル・ソシエダB(3部) | 14 | 6 | |||||||||||||||||||||||||||
93/94 レアル・ソシエダ | 14 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
94/95 レアル・ソシエダ | 29 | 3 | |||||||||||||||||||||||||||
95/96 レアル・ソシエダ | 38 | 5 | |||||||||||||||||||||||||||
96/97 レアル・ソシエダ | 37 | 8 | |||||||||||||||||||||||||||
97/98 レアル・ソシエダ 10 | 30 | 5 | |||||||||||||||||||||||||||
98/99 レアル・ソシエダ 10 | 27 | 6 | |||||||||||||||||||||||||||
99/00 レアル・ソシエダ 10 | 27 | 3 | |||||||||||||||||||||||||||
00/01 レアル・ソシエダ 10 | 30 | 5 | |||||||||||||||||||||||||||
01/02 レアル・ソシエダ 10 | 30 | 3 | |||||||||||||||||||||||||||
02/03 レアル・ソシエダ 10 | 29 | 6 | |||||||||||||||||||||||||||
03/04 レアル・ソシエダ 10 | 13 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
04/05 ブラックバーン(イングランド) 11 | 2 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
04/05 ペルージャ(イタリア2部) | 5 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
05/06 エルゴテリス(ギリシャ) | |||||||||||||||||||||||||||||
06 ヨーテボリ(スウェーデン) | |||||||||||||||||||||||||||||
06/07 ブルゴス(3部) | 5 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
07/08 ベラ(5部) | |||||||||||||||||||||||||||||
左足のキックに定評がある典型的なクロサ―。強烈かつ正確なFKとミドルシュートで試合の流れを引き寄せます。料理やゴルフ、東洋文化の探索など多趣味で知られます。 R・ソシエダのユースで育ち1993年11月7日リエダ戦にてリーガデビュー。以後10年に渡り不動の主力として活躍し、その左足から数多くの決定機を生んで、チームをけん引しました。 02/03シーズンは後進のX・アロンソ、右サイドに加わったカルピン、ニハトとコヴァチェヴィッチの2トップといった面々と共にチームの躍進に貢献。最終節までR・マドリーと優勝争いを繰り広げて古豪復活を強烈にアピールします。最後の最後で逆転され結局2位に終わりますが、チャンピオンズ・リーグにストレートインすることができました。 03/04シーズンは選手層の薄さによりリーグは下位に低迷しますが、チャンピオンズ・リーグではガラタサライやオリンピアコスなどの常連を破り、グループリーグ突破を果たしました。 R・ソシエダ退団後はヨーロッパ各国を渡り歩き、07/08シーズン限りで引退しました。 ユース代表には選出されますが、アトランタ五輪ではメンバーになれませんでした。1998年9月28日のロシア戦でフル代表デビューしたものの、2年後の欧州選手権ではフランやムニティスとのポジション争いに敗れ、メンバ―入りはなりませんでした。 しかし2002年3月27日オランダ戦で4年ぶりの代表復帰を果たし、カマーチョ代表監督の信頼を勝ち得ると、W杯では4試合で3アシストを見せてベスト8進出に貢献しました。 サエス監督からは構想外の扱いを受けますが、2003年4月30日エクアドル戦で代表復帰すると、前半15分にゴールを挙げました。 代表記録 13試合2得点 2007年8月16日:新規アップ 2012年9月16日更新 |