ファビオ・コエントラン(Fabio COENTRAO)
フルネーム ファビオ・アレクサンドレ・ダ・シルヴァ・コエントラン
国籍 ポルトガル
出身地 ヴィラ・ド・コンデ
生年月日 1988・3・11
身長 179cm
体重 66kg
利き足
ポジション DF(LSB)
FK PK  
キャプテン経験  
代表デビュー 2009・11・14
ボスニア・H戦
代表背番号 5 23
W杯メンバー 10年 14年
ニックネーム  
個人タイトル  
チームタイトル 09/10ポルトガルリーグ
09/10,10/11ポルトガルリーグ・カップ
11/12,16/17リーガ・エスパニョーラ
13/14コパ・デル・レイ
13/14,16/17UEFAチャンピオンズ・リーグ
14,16FIFAクラブワールドカップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
04/05 リオ・アヴェ
05/06 リオ・アヴェ 11
06/07 リオ・アヴェ(2部) 11 25
07/08 ベンフィカ 16
07/08 ナシオナル 16 15
08/09 サラゴサ(スペイン2部) 16
08/09 リオ・アヴェ 16 16
09/10 ベンフィカ 18 26
10/11 ベンフィカ 18 23
11/12 レアル・マドリー(スペイン) 15 20
12/13 レアル・マドリー(スペイン) 5 16
13/14 レアル・マドリー(スペイン) 5 10
14/15 レアル・マドリー(スペイン) 5
15/16 モナコ(フランス) 4 15
16/17 レアル・マドリー(スペイン) 15
17/18 スポルティング    
エネルギッシュな仕掛けや、機を見たオーバーラップといった積極的な攻撃参加でポルトガル代表のレギュラーになった左サイドアタッカー。DFとしては線の細さが課題です。

16歳で地元リオ・アヴェに入ってキャリアをスタートさせます。2年目には終盤の2006年5月6日U・レイリアとのアウェー戦でプロ初得点を挙げますが、降格となりました。しかしこれが幸いして翌シーズンには25試合4得点と実績を残します。居住している地域から「カシナスのフィーゴ」という異名を取るなど注目され、競合の結果ベンフィカに引き抜かれました。
しかし名門ゆえ出番が限られ、シーズン途中にナシオナルへローン移籍します。ここでは主力として15試合4得点、5月3日ポルト戦では2得点を挙げるなど巻き返しに成功しました。
08/09シーズンには隣国のサラゴサへローン移籍しますが、出場機会に恵まれず国内リーグに復帰、最初の得点は再びポルト戦となりました。
09/10シーズンは序盤こそベンチスタートでしたが、J・ジェスス監督に左SBにコンバートされ先発に定着、国内2冠の原動力となってW杯の飛躍へとつなげました。そして新たに2016年までの契約を交わし、チャンピオンズ・リーグでもホームのリヨン戦で2点を取りました。
そしてマンチェスター・Uなどの争奪戦の末、同胞のモウリーニョ監督が率いるR・マドリーと6年契約を交わします。2011年8月28日サラゴサ戦でリーガにデビューして最終的には優勝しますが、充実したマルセロの存在もあってベンチに座る時間が多くなりました。
15/16シーズン、同胞レオナルド監督率いるモナコへレンタル移籍し、9月13日アジャクシオ戦でリーグアンにデビュー。マルセイユ戦など3点を挙げました。翌シーズンにR・マドリーに戻りますが、マルセロの前にプレーできず退団、母国スポルティングへ移籍しています。

ユースでは2007年U−20W杯に3試合出場、グループリーグを突破しますがチリに敗れます。フル代表デビューは2009年11月14日、翌年のW杯出場をかけたボスニア・Hとのプレーオフ1stレグという重要な試合となります。結局2連勝で出場権を獲得すると、本大会では4試合フル出場と一気にスターダムにのし上がりました。
2012年欧州選手権予選は7試合に出場。本大会では5試合にフル出場してデンマーク戦でアシストとレギュラーとしての役割を果たし、ベスト4に進出しました。
2014年W杯予選は主力として10試合戦いクラブでの試合勘の不足を払しょくしますが、ドイツとの初戦で負傷し、チームも早期敗退となりました。
2016年欧州選手権予選は5試合に出ますが、フランスリーグで戦うゲレイロの台頭で本大会メンバーから落選しました。
代表記録

2011年8月14日:新規アップ 2017年6月19日更新