オーレリアン・シュヂュ(Aurelien CHEDJOU)
フルネーム オーレリアン・バヤード・シュヂュ・フォンガン
国籍 カメルーン  
出身地 ドゥアラ
生年月日 1985・6・20
身長 184cm
体重 84kg
利き足
ポジション DF(CB)
FK PK  
キャプテン経験 クラブ
代表デビュー 2009・6・7
モロッコ戦
代表背番号 14
W杯メンバー 10年 14年
ニックネーム  
個人タイトル  
チームタイトル 10/11リーグアン
10/11フランスカップ
13/14,14/15トルコカップ
14/15トルコリーグ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
03/04 ポー(フランス3部)
04/05 オセールB(フランス4部) 27
05/06 オセールB(フランス4部) 16
06/07 ローエン(フランス4部) 10
06/07 リールB(フランス4部) 10
07/08 リールB(フランス4部) 15
07/08 リール(フランス) 22
08/09 リール(フランス) 22 26
09/10 リール(フランス) 22 31
10/11 リール(フランス) 22 34
11/12 リール(フランス) 22 27
12/13 リール(フランス) 22 34
13/14 ガラタサライ(トルコ) 21 21
14/15 ガラタサライ(トルコ) 21 26
15/16 ガラタサライ(トルコ) 21 19
16/17 ガラタサライ(トルコ) 21 15
17/18 ガラタサライ(トルコ) 21    
身長はそれほど高くないものの空中戦は苦手ではなく、当たりにも強いため1対1に定評があります。空いたスペースを埋めるセンスもあり、ボランチでも機能します。

ビジャレアルの下部や3部のポーを渡り歩き、オセールBではアルジェリア代表イエブダやディアビ、ローエンでは後にコンビを組むラミなどと実戦経験を積みました。
06/07シーズンにリールに入ります。下部ではボランチでしたが、トップでは同胞マクーンの存在もあり、CBにコンバートされます。07/08シーズンのの12月1日マルセイユ戦でリーグデビューし、トゥールーズ戦と2戦連続で先発しますが、以降はベンチを温めました。
08/09シーズンはリヨン戦でオウンゴールを献上するも26試合に出場。翌シーズンはヨーロッパリーグで8試合に出場、バレンシア戦で初得点を挙げるなどベスト16になりました。
10/11シーズンは自己最多の34試合に出場し、アザールやジェルヴィーニョ、ソウなどの攻撃陣を背後から支え、57年ぶりのリーグ優勝とカップの国内2冠を達成。ラミが去った翌シーズンは国内スーパー杯で退場して敗れますが、リーグ戦ではモンテネグロ代表バシャとコンビを組み、攻撃でもマルセイユやリヨンなど自己最多の5得点を挙げました。12/13シーズンも本拠PSG戦やリヨン戦で得点を挙げますが、アウェーPSG戦はオウンゴールで敗れました。
チャンピオンズ・リーグではB・ボリソフ戦で得点を挙げるものの敗戦を喫し、他にバレンシアやバイエルンが同居するグループでは先への展望は見えませんでした。
ニューカッスルやリヴァプール行きの可能性もありましたが、13/14シーズンにガラタサライへ移り、8月19日ガジアンテプスポル戦でリーグデビュー。エヴエやムスレラ、H・バルタなどと守備陣を組みます。チャンピオンズ・リーグではC・ロナウドにハットトリックを許すなどR・マドリー戦で6失点しますが、ユヴェントス相手にドロー、チェルシーとの決勝トーナメント1回戦1stレグで同点ゴールと健闘しました。2年目は5試合に出たチャンピオンズ・リーグは4連敗しました。一方リーグ戦は3年前に次ぐ4ゴールを挙げてクラブ2年ぶりの優勝に貢献しました。

2008年五輪は4試合に出場。韓国戦ではパク・チュヨンに先制されるも引き分けに持ち込み、G・ロッシやジョヴィンコ擁するイタリア相手にスコアレスドローで終えてグループリーグを突破します。しかしブラジルとの準々決勝では延長に入ってマルセロとR・ソビスに屈しました。
2009年6月7日モロッコ戦でフル代表にデビュー。2010年W杯予選は2試合だけのプレーでしたが、本戦メンバーに入ってオランダ戦のピッチに立ちました。
2014年W杯予選は7試合に出て2次リビア戦で決勝点を挙げます。本大会では先発したメキシコとクロアチアに連敗して3試合目を回避しました。
アフリカ選手権は2010年大会に3試合出ますが、チュニジア戦でオウンゴール、エジプト戦で退場と精彩を欠きました。5年後はグループリーグ3試合で終わりました。
代表記録

2015年7月15日:新規アップ 2017年6月18日更新