| チャ・ドゥリ(Du-Ri CHA) | |||||||||||||||||||||||||||||
| フルネーム | 車ドゥリ(チャ・ドゥリ) | ||||||||||||||||||||||||||||
| 国籍 | 韓国 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 出身地 | ※ | ||||||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1980・7・25 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 181cm | ||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 79kg | ||||||||||||||||||||||||||||
| 利き足 | 右 | ||||||||||||||||||||||||||||
| ポジション | DF(RSB) | ||||||||||||||||||||||||||||
| FK PK | |||||||||||||||||||||||||||||
| キャプテン経験 | クラブ 代表 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 代表デビュー | 2001・11・8 セネガル戦 |
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| 代表背番号 | 22 | ||||||||||||||||||||||||||||
| W杯メンバー | 02年 10年 | ||||||||||||||||||||||||||||
| ニックネーム | |||||||||||||||||||||||||||||
| 個人タイトル | |||||||||||||||||||||||||||||
| チームタイトル | 10/11スコットランドカップ | ||||||||||||||||||||||||||||
| 11/12スコットランドリーグ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 15韓国FAカップ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 所属クラブおよび背番号 | 出場 | 得点 | |||||||||||||||||||||||||||
| 02/03 ビーレフェルト(ドイツ) 7 | 22 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 03/04 フランクフルト(ドイツ) 9 | 31 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 04/05 フランクフルト(ドイツ2部) 9 | 29 | 8 | |||||||||||||||||||||||||||
| 05/06 フランクフルト(ドイツ) 11 | 27 | 3 | |||||||||||||||||||||||||||
| 06/07 マインツ(ドイツ) 2 | 12 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 07/08 コブレンツ(ドイツ2部) 22 | 28 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 08/09 コブレンツ(ドイツ2部) 22 | 33 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 09/10 フライブルク(ドイツ) 6 | 23 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 10/11 セルティック(スコットランド) 11 | 16 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 11/12 セルティック(スコットランド) 11 | 15 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 12/13 デュッセルドルフ(ドイツ) 22 | 10 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 13 FCソウル 5 | 29 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 14 FCソウル 5 | 28 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 15 FCソウル 5 | 24 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 若手の時はWGとしてプレーし、歳を重ねてSBに転向した右サイドのスペシャリスト。韓国史上最高のFWといわれるチャ・ボンクンを父に持つサラブレッドです。 父親が所属するフランクフルトで生まれます。彼が1989年にレヴァークーゼンで引退するまで少年時代をドイツで過ごしました。1999年から3年間高麗大学校で過ごし、W杯終了後にドイツに戻って父親が所属したレヴァークーゼンに入団します。 その後ビーレフェルトにローン移籍し、2002年9月11日カイザースラウテルン戦でブンデスリーガにデビュー。アウェーのブレーメンで初得点を挙げてチームを敗戦から救いました。 03/04シーズンは生まれ故郷のフランクフルトへレンタルされ31試合に出ますが、降格しました。しかしチームに残り29試合8得点の好成績で1年でブンデスリーガに復帰、05/06シーズンに国内カップで準優勝してUEFA杯出場権を獲得しました(カップ優勝チームがUEFA杯の出場権を得ますが、決勝の相手バイエルンがチャンピオンズ・リーグに出場するため)。 マインツではクロップ監督によりSBにコンバートされますが、ケガで結果を残せませんでした。その後2部のコブレンツへフリーで移りコンディションを取り戻しました。昇格組のフライブルクでは23試合に出場、バイエルン戦でオウンゴールしますが、1部残留に成功しました。 10/11シーズンにセルティックへフリーで移籍。チャンピオンズ・リーグではブラガとのプレーオフに敗れました。その後8月14日インヴァーネス戦でリーグデビューし、12月26日S・ジョンストン戦では同胞のMFキ・ソンヨンと共に得点を挙げるなど、2年連続でタイトルを獲りました。 デュッセルドルフではチームの不調を覆せず退団。13シーズンにFCソウルに入り、4月14日水原三星戦にてプロ12年目でKリーグにデビューします。そしてレギュラーに定着し、3年目はリーグで浦項と水原三星から得点を挙げ、カップ戦で優勝して有終の美を飾りました。 代表デビューは2001年11月8日のセネガルとの親善試合。翌年に日本との共催で行われたW杯ではグループリーグ3戦目以降の4試合に出場し、ベスト4になりました。2004年アジア杯は4試合に出場してクウェート戦で得点を挙げ、チームの勝利に貢献しました。 2006年W杯予選は6試合1得点でしたが本大会メンバーから外れました。その後3年のブランクを経て、2010年W杯本大会で3試合に出場しました。 2011年アジア杯でもレギュラーとして全6試合に出場。準決勝で日本に敗れますが、ウズベキスタンとの3位決定戦を制しました。その後Kリーグでの活躍により2015年アジア杯メンバーに入り、5試合戦って準優勝になりました。 代表記録 75試合4得点 ※:フランクフルト(ドイツ) 2017年5月1日:新規アップ |
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