ボスティアン・チェサル(Bostjan CESAR)
フルネーム ボスティアン・チェサル
国籍 スロヴェニア  
出身地 リュブリャナ
生年月日 1982・7・9
身長 191cm
体重 87kg
利き足
ポジション DF(CB)
FK PK  
キャプテン経験 代表
代表デビュー 2003・2・12
スイス戦
代表背番号
W杯メンバー 10年
ニックネーム  
個人タイトル  
チームタイトル 01/02,03/04クロアチアカップ
02/03クロアチアリーグ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
00/01 クロアチア・セスヴェッテ(クロアチア2部)
01/02 ディナモ・ザグレブ(クロアチア) 6 18
02/03 ディナモ・ザグレブ(クロアチア) 6 11
03/04 ディナモ・ザグレブ(クロアチア) 6 11
04/05 オリンピア・リュブリャナ
04/05 ディナモ・ザグレブ(クロアチア) 6 10
05/06 ディナモ・ザグレブ(クロアチア) 21
05/06 マルセイユ(フランス) 26 17
06/07 マルセイユ(フランス) 21
07/08 WBA(イングランド2部) 25 20
08/09 グルノーブル(フランス) 12 15
09/10 グルノーブル(フランス) 12 25
10/11 キエーヴォ(イタリア) 12 32
11/12 キエーヴォ(イタリア) 12 29
12/13 キエーヴォ(イタリア) 12 22
13/14 キエーヴォ(イタリア) 12 32
14/15 キエーヴォ(イタリア) 12 28
15/16 キエーヴォ(イタリア) 12 31
16/17 キエーヴォ(イタリア) 12 17
17/18 キエーヴォ(イタリア) 12 10
18/19 キエーヴォ(イタリア) 12    
激しいタックル、執拗なマーク、抜群の統率力で最終ラインを支えます。また、セットプレーでのヘッドやオーバーラップ、左足の正確なビルドアップと攻撃力も兼備しています。

クロアチアでキャリアをスタートさせたチェサルは、2年目にD・ザグレブへ移籍して国内のタイトルを相次いで獲得。03/04シーズンにはUEFA杯にも出場しました。
05/06シーズン開幕後にマルセイユへ移籍し、10月2日ニース戦でのフランスリーグデビュー以降全試合にスタメン出場します。UEFA杯では5試合戦い、本拠D・ブカレスト戦で初ゴールを決めました。また、国内カップでは決勝に進出しました。
しかし2年目はほとんどプレーできず、WBAにレンタルされ11月6日シェフィールド戦で2部デビュー、バーンリー戦でゴールを挙げるなど実戦感覚を取り戻しました。
翌シーズンにグルノーブルへ移籍し、優勝するボルドーからゴールを挙げました。2年目は25試合に出場しますが、2度のオウンゴールなど最下位で降格となりました。
10/11シーズンにキエーヴォへ移籍し、8月29日カターニャ戦でセリエAにデビュー。1年先に入った代表の僚友ヨキッチの存在もあり瞬く間にフィットし、2度の退場や11枚のイエローもありましたが、本拠チェゼーナ戦の初ゴールなど初の30試合越えを果たしました。
退場になったアタランタ戦など自己最多の16枚のイエローを受けた4年目は、順位も16位と苦しみました。5年目は2度のオウンゴールがありましたが、8枚にとどめました。
6年目はラツィオ戦で先制しますが、前半で退場するなど再びイエローが2ケタとなりました。それでも9位と加入以来初の1ケタ順位となりました。
7年目は退場したウディネーゼ戦など7連続でイエローを受け、8年目はミランとスパル戦のオウンゴールと精彩を欠くなど、ガンベリーニやダイネッリの控えとなっています。

U−21を経験した後、2003年2月12日スイス戦でフル代表デビューします。2004年欧州選手権予選には1試合出場しましたが、敗退しました。
2006年W杯予選は7試合に出場、イタリア相手にゴールを決めて勝利するも敗退しました。8試合に出場した2008年欧州選手権予選も同様の結果に終わりました。
2010年W杯予選は10試合に出て母国2大会ぶりの出場権を獲得。本大会も3試合に出場しました。その後2012年欧州選手権予選は9試合に出場しました。
2014年W杯予選は8試合に出場します。キプロス戦で退場しますが、アイスランド戦で勝ち越し点を挙げました。12試合に出場した2016年欧州選手権はウクライナとのプレーオフ2ndレグで先制しますが、終了間際に同点にされて1分1敗で敗退しました。
2018年W杯予選は9試合に出場。リトアニア戦は自らの得点も勝利につながらず、100試合目のスコットランド戦で退場するなど、本戦出場権を逃しました。
代表記録

2019年3月2日:新規アップ