ペトル・チェフ(Petr CECH)
フルネーム ペトル・チェフ
国籍 チェコ
出身地 ピルセン
生年月日 1982・5・20
身長 197cm
体重 88kg
利き足
ポジション GK
FK PK  
キャプテン経験 代表
代表デビュー 2002・2・12
ハンガリー戦
代表背番号
W杯メンバー 06年
ニックネーム タンクマン
個人タイトル 01チェコ年間最優秀若手選手
02U-21欧州選手権最優秀選手
03/04リーグアン年間最優秀GK
04UEFA欧州選手権ベストイレブン
04/05,09/10,13/14,15/16プレミアリーグ最優秀GK
04/05,06/07,07/08UEFA最優秀GK
05,08~13チェコ年間最優秀選手
05~08,10~13チェコゴールデンボール
04/05,13/14プレミアリーグベストイレブン(PFA)
05UEFAベストイレブン
05世界最優秀GK(IFFHS)
チームタイトル 01/02チェコリーグ
02UEFAU-21欧州選手権
04/05,05/06,09/10,14/15プレミアリーグ
04/05,06/07,14/15イングランドリーグ・カップ
06/07,08/09,09/10,11/12FAカップ
11/12UEFAチャンピオンズ・リーグ
12/13UEFAヨーロッパリーグ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
98/99 ヴィクトリア・プルセン
99/00 ケメル・ブルサニー
00/01 ケメル・ブルサニー 26
01/02 スパルタ・プラハ 1 26
02/03 レンヌ(フランス) 34 37
03/04 レンヌ(フランス) 1 33
04/05 チェルシー(イングランド) 1 35
05/06 チェルシー(イングランド) 1 34
06/07 チェルシー(イングランド) 1 20
07/08 チェルシー(イングランド) 1 26
08/09 チェルシー(イングランド) 1 35
09/10 チェルシー(イングランド) 1 34
10/11 チェルシー(イングランド) 1 38
11/12 チェルシー(イングランド) 1 34
12/13 チェルシー(イングランド) 1 36
13/14 チェルシー(イングランド) 1 34
14/15 チェルシー(イングランド) 1
15/16 アーセナル(イングランド) 33 34
16/17 アーセナル(イングランド) 33    
高身長でのハイボールへの対応、鋭いセービング、試合中切れない集中力や的確な判断力に裏付けされた安定感と早くから高い完成度を誇る世界最高レベルのGKです。
キャリアの初期にFWの経験もあり、足元の技術も優れています。

プルゼニでプレーを始めた時はフィールドプレーヤーでしたが、10歳の時に骨折したためGKに転向します。17歳でプロデビューし、ケメル・ブルサニーでの00/01シーズンに26試合に出て頭角を現します。01/02シーズンに移籍金約9200万円でスパルタ・Pに入団します。
ブラゼクの負傷離脱によりレギュラーに定着すると、904分連続無失点記録を樹立しリーグ優勝に貢献しました。チャンピオンズ・リーグにも初出場し、前年の覇者バイエルンやフェイエノールトなどと互角に渡り合い、4試合連続無失点でチームを2次リーグ進出に導きました。
この活躍により脚光を浴びてレンヌへ移籍します。2003年8月2日モンペリエ戦のリーグアンデビュー以降絶対的な守護神としてクラブ3年ぶりの一ケタ順位になりました。
そしてモウリーニョ監督のオファーに応え、8月15日マンチェスター・U戦でプレミアデビュー。正GKクディチーニを控えにし、同時に入ったR・カルヴァーリョや主将テリーと鉄壁の守備陣を形成します。2月2日のブラックバーン戦では元マンチェスター・Uのシュマイケルが持つ694分の連続無失点記録を更新しました。さらに2月6日のマンチェスター・C戦で、アーセナルのGKシーマンとマニンガーの823分も更新し、最終的に1025分まで記録を伸ばしました。
そしてチームの50年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献し、チェコの年間最優秀選手とUEFA最優秀GKを受賞しました。チャンピオンズ・リーグでも、バルセロナ戦では大量のシュートを撃たれますがゴールを割らせず勝利して準決勝進出に貢献しました。
翌シーズンも国内連覇を達成し、2年連続でチェコの年間最優秀選手に選出されます。06/07シーズン第8節のレディング戦で頭蓋骨を骨折します。生命に関わる大ケガでしたが、その後驚異的な回復を見せ、年明けのリヴァプール戦にヘッドギアを装着して復帰します。
翌シーズンはチャンピオンズ・リーグにもクラブ初の決勝に進出し、マンチェスター・UとのPK戦ではC・ロナウドのキックを止めたものの、逆転されました。アンチェロッティ監督が就任した09/10シーズンはウィガンとのアウェー戦で退場となりましたが、国内2冠を達成しました。
10/11シーズンは在籍7年目で初の全試合出場を果たすと、翌シーズンはチャンピオンズ・リーグで13試合に出場。決勝が本拠地でタイトルへ執念を燃やすバイエルンに悠然と立ちはだかり、終了間際のロッベンのPKを止めると、その後のPK戦でもオリッチとシュヴァインシュタイガーのキックを止めてクラブに初めてのビッグイヤーをもたらしました。
12/13シーズンは、6試合に出たチャンピオンズ・リーグこそユヴェントスとシャフタールに敗れました。監督交代もありましたが、グループリーグ3位になって出場権を得たヨーロッパリーグで9試合ゴールを守り、2年連続で欧州タイトルを手にしました。14/15シーズンはA・マドリーから復帰したクルトワの控えとなり、リーグ杯を主戦場にして優勝の原動力となりました。
15/16シーズンにアーセナルへ移籍します。コロンビア代表オスピナの存在を問題にせず、16完封で2年ぶりのプレミア最優秀GKに輝いています。

2001年3月にU-21代表デビューを果たします。Wユースでは日本とも対戦、MF森崎浩、山瀬功、FW田原に3点を献上しましたが、5試合戦いベスト8に進出しました。
翌年のU-21欧州選手権予選では7試合出場のうち6試合で無失点。本大会でも決勝フランス戦でのPK戦で2本止めて優勝に貢献し、最優秀選手に選ばれました
フル代表は2002年2月12日のハンガリー戦に19歳でデビュー。2004年の欧州選手権予選からスルニチェクに代わり正GKになると本大会に出場し、4試合4失点の成績を残して準決勝進出の立役者となり、大会ベストイレブンに選出されました。
2006年W杯予選は13試合に出場します。宿敵オランダに2敗を喫しプレーオフにまわりましたが、ノルウェーを完封し出場権を獲得します。本大会は味方が退場になるなど不利な情勢となり、グループリーグ突破はなりませんでした。
2008年欧州選手権予選は10試合守り本大会出場に貢献しますが、グループリーグのトルコ戦で痛恨のキャッチミスを犯して同点にされ、さらに逆転ゴールも許して敗退しました。
2010年W杯予選は8試合出場するものの敗退しました。予選で9試合戦った2012年欧州選手権ではロシアに4失点しますが、その後連勝してグループリーグを突破しました。
2014年W杯予選は10試合に出場するもイタリアに出場権を阻まれました。2016年欧州選手権予選は9試合に出て突破しますが、3試合に出場した本戦は5失点しました。
代表記録

2007年2月1日:新規アップ 2016年7月2日更新