マイケル・ブラッドリー(Michael BRADLEY)
フルネーム マイケル・ブラッドリー
国籍 アメリカ  
出身地 プリンストン
生年月日 1987・7・31
身長 185cm
体重 75kg
利き足
ポジション MF(CMF)
FK PK  
キャプテン経験 クラブ 代表
代表デビュー 2006・5・26
ベネズエラ戦 
代表背番号 4 6 12
W杯メンバー 10年 14年
ニックネーム  
個人タイトル 15USサッカー・アスリート・オブ・ザ・イヤー
チームタイトル 07CONCACAFゴールドカップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
05 メトロスターズ 16 32
05/06 ヘーレンフェーン(オランダ) 18
06/07 ヘーレンフェーン(オランダ) 6 21
07/08 ヘーレンフェーン(オランダ) 6 33 15
08/09 ボルシアMG(ドイツ) 26 28
09/10 ボルシアMG(ドイツ) 26 29
10/11 ボルシアMG(ドイツ) 26 19
10/11 アストン・ヴィラ(イングランド) 13
11/12 キエーヴォ(イタリア) 6 35
12/13 ローマ(イタリア) 4 30
13/14 ローマ(イタリア) 4 11
14 トロントFC(アメリカ) 4 25
15 トロントFC(アメリカ) 4 25
16 トロントFC(アメリカ) 4 24
17 トロントFC(アメリカ) 4    
スキンヘッドがトレードマークで、エネルギッシュなボール奪取と堅実なパスワーク、パンチ力のあるシュートと攻守にチームの推進力となるセントラルMFです。
2010年W杯のアメリカ代表監督ボブ・ブラッドリーの息子であり、少年時代より自身のサッカー人生は彼と共にあります。

ニュージャージー州に生まれますが、少年時代はイリノイ州で過ごします。そしてシカゴにあるクラブでトレーニングを積んだ後、IMGというフロリダ州のクラブへ移りました。
2004年1月のMLSドラフトにて、16歳で父親が監督を務めるメトロスターズ(現レッドブル・ニューヨーク)とプロ契約を結びますが、ケガでプレーできませんでした。2年目に戦列に復帰し4月2日R・ソルトレーク戦のデビュー以降スタメンに定着します。絶えず色眼鏡で見られるシビアな状況を自らの力量で乗り越え32試合に出場しました。父親は終盤で解任されたものの、シーズン最終節のチバス戦で初得点を挙げて、プレーオフに進出しました。
05/06シーズンにへーレンフェーンへMLS史上最年少での海外移籍を果たし、4月16日AZ戦でオランダリーグにデビューします。3年目にはボスフェルトの引退により主力に定着し、12月9日フローニンゲン戦でハットトリックを達成すると、1月13日ユトレヒト戦から6試合連続で得点を挙げるなど、スレイマニと共にリーグ5位タイの15得点を記録、元代表FWマクブライドが保持するアメリカ人選手による欧州リーグでのシーズン最多得点記録を更新しました。チームは自身の好パフォーマンスもあり2年連続でUEFA杯出場権を獲得しました。
08/09シーズンにボルシアMGへ引き抜かれ、9月20日H・ベルリン戦でブンデスリーガにデビュー、11月のバイエルン戦では81分に同点ヘッドを決めるなど28試合5得点の成績を残し、2年目も王者ヴォルフスブルク戦で一矢報いました。10/11シーズン途中にアストン・ヴィラへレンタルされ、2月12日ブラックプール戦でプレミアにデビューしました。
12/13シーズンにキエーヴォへ完全移籍し、9月18日パルマ戦でセリエAにデビュー。レギュラーとしての活躍によりローマに引き抜かれます。トッティやラメラなどタレントが多いチームに守備的な振る舞いは貴重で、引き続きレギュラーの座を守りました。
14シーズンにMLSトロントに移り、守護神J・セーザル、FWデフォーとセンターラインを強固にします。両者がいなくなった2年目は主将を任されジョヴィンコやアルティドールと主軸を担い、本拠モントリオール戦など5得点3アシストで年間最優秀選手に選ばれました。

2006年5月26日ベネズエラ戦でフル代表デビュー。翌年はゴールド杯は5試合戦って母国4度目の優勝を決めますが、自身はカナダ戦の終了間際にレッドを受けました。
その後はユース代表としてU-20W杯に出場、ウルグアイとの決勝トーナメント初戦でチームを勝利に導きました。2008年北京五輪では日本とも対戦して勝利を収めますが、ナイジェリアとオランダの前にグループリーグで敗退しました。
2009年コンフェデ杯では4試合に出場。エジプトから得点を奪い、スペインの連勝を止めるものの退場、決勝でチームが敗れる姿をピッチ外から見届けました。
2010年W杯予選では13試合に出場、メキシコ戦など4点を決めて出場権を獲得。本大会ではスロヴェニア戦で同点弾を決めてグループリーグを突破しました。主将として臨んだ翌年のゴールド杯は6試合に出て決勝メキシコ戦で先制点を取りますが、逆転されました。
2014年W杯予選は10試合戦い2度目の出場を果たし、本大会でも4試合に出場して2大会連続でベスト8になりました。翌年のゴールド杯は2得点を挙げて4位になりました。
2016年コパ・アメリカCでは6試合戦い、コロンビアに敗れて再び4位になりました。
代表記録

2017年8月10日:新規アップ