マルコ・ボッリエッロ(Marco BORRIELLO)
フルネーム マルコ・ボッリエッロ
国籍 イタリア
出身地 ナポリ
生年月日 1982・6・18
身長 180cm
体重 73kg
利き足
ポジション FW(CF)
FK PK PK
キャプテン経験  
代表デビュー 2008・2・6
ポルトガル戦
代表背番号 12
W杯メンバー  
ニックネーム  
個人タイトル  
チームタイトル 03/04,11/12セリエA
所属クラブおよび背番号 出場 得点
00/01 トリエスティーナ(4部)
01/02 トレヴィーゾ(3部) 27 10
02/03 ミラン 30
02/03 エンポリ 12
03/04 ミラン 18
04/05 レッジーナ 9 29
05/06 サンプドリア 11 11
05/06 トレヴィーゾ 11 20
06/07 ミラン 15
07/08 ジェノア 22 35 19
08/09 ミラン 11
09/10 ミラン 22 29 14
10/11 ローマ 22 34 11
11/12 ローマ 22
11/12 ユヴェントス 23 13
12/13 ジェノア 22 28 12
13/14 ローマ 88 11
13/14 ウェストハム(イングランド) 46
14/15 ローマ 88
14/15 ジェノア 22
15/16 カルピ 12 12
15/16 アタランタ 22 15
16/17 カリアリ    
安定したポストワークとニアに飛び込むヘディング、正確で時にはアクロバティックな左足からのシュートを得意とする万能型のCFです。

ナポリ出身。ミランの下部組織で育ちますが、C1のトレヴィーゾにて27試合で10ゴールと好成績を残します。ミラン復帰後の2002年9月21日パルマ戦でセリエAデビューを果たしますが、同時加入のリヴァウドやトマソンの存在に加え、シェフチェンコとインザーギが絶対的な存在であり出場機会は皆無に等しく、シーズン途中にエンポリへレンタル移籍しました。
レッジーナでは中村俊ともプレーしますが、シーズンわずか2ゴールに終わり、その後も苦しい時期を過ごします。06/07シーズンにはシェフチェンコやアモローゾ放出の穴が埋まらないミランに三度復帰しますが、11月11日のローマとのホームゲームの後のドーピング検査で陽性反応が出たため、3ヶ月の出場停止処分を受けました。
07/08シーズンにミランと共同保有しているジェノアへ移籍すると、ウディネーゼ戦ではホームとアウェーの両試合でハットトリックを達成、デル・ピエロ、トレゼゲのユヴェントス勢に次ぐランク3位の19ゴールを挙げ、A復帰のチームを9位に導く自己最高のシーズンを送りました。
ミラン復帰後はケガに泣きましたが、2年目はレオナルド監督が採用する3トップのCFとして欠かせない存在となり、チーム最多の14ゴールを挙げました。また、チャンピオンズ・リーグでもホームのマルセイユ戦で初ゴールをマークしました。
しかしイブラヒモヴィッチとロビーニョの相次ぐ入団によりローマへ貸し出され、同時入団のアドリアーノや既存のヴチニッチとのポジション争いに身を投じます。そして11ゴールを決めると、チャンピオンズ・リーグでもバイエルンからなど8試合4ゴールをマーク。国内カップも4試合戦い、ラツィオやインテル相手のゴールと役割を果たしました。
2年目は開幕からゴールに見放され、途中でユヴェントスへレンタルされます。スクデットこそ獲るも自らはふがいない出来に終わり、5年ぶりにジェノアに復帰します。そしてユヴェントスやラツィオ相手の両試合など5度目の2ケタゴールでA残留に成功し、ローマに戻ります。
その後はウェストハムへのレンタルも含めて出場機会を得られず、14/15シーズン途中に3度目となるジェノアでのプレーもノーゴールに終わりました。
15/16シーズンはカルピに経験を持ちこむもののチームの順位は振るわず、途中でアタランタへ完全移籍します。そしてローマ戦から3試合連続ゴールを決めました。
16/17シーズンにカリアリへ完全移籍しています。

U−21で12試合6ゴールと結果を残し、2008年2月6日ポルトガル戦で代表デビュー。同年の欧州選手権でもメンバー入りこそ果たすものの出番はありませんでした。
2010年W杯予選は結果を残しても招集されず、2012年欧州選手権予選も1試合と代表でのキャリアも苦難が続いています。
代表記録

2010年10月3日:新規アップ 2016年8月4日更新