ニクラス・ベントナー(Nicklas BENDTNER)
フルネーム ニクラス・ベントナー
国籍 デンマーク
出身地 コペンハーゲン
生年月日 1988・1・16
身長 191cm
体重 78kg
利き足
ポジション FW(CF)
FK PK PK
キャプテン経験  
代表デビュー 2006・8・16
ポーランド戦
代表背番号 11
W杯メンバー 10年
ニックネーム  
個人タイトル 04デンマーク年間最優秀若手選手(U−17)
チームタイトル 12/13セリエA
13/14FAカップ
14/15DFBカップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
05/06 アーセナル(イングランド) 33
06/07 バーミンガム(イングランド2部) 27 42 11
07/08 アーセナル(イングランド) 26 27
08/09 アーセナル(イングランド) 26 31
09/10 アーセナル(イングランド) 52 23
10/11 アーセナル(イングランド) 52 17
11/12 アーセナル(イングランド) 52
11/12 サンダーランド(イングランド) 55 28
12/13 ユヴェントス(イタリア) 17
13/14 アーセナル(イングランド) 23
14/15 ヴォルフスブルク(ドイツ) 3 18
15/16 ヴォルフスブルク(ドイツ) 3 13
16/17 ノッティンガム(イングランド2部) 14 15
17 ローゼンボリ(ノルウェー) 9    
見た目は典型的なCFですが、ゴールを量産するタイプではなく、機動力と柔軟なテクニックに広い視野を備えWGもこなすなど、アシスト能力が高いアタッカーです。

B93やKBといったFCコペンハーゲンのユースチームで経験を積み、国際舞台での活躍で注目を集め2004年夏にアーセナルへ引き抜かれます。リザーブチームでプレーした後2005年10月25日のリーグ杯サンダーランド戦でトップチームにデビューします。
06/07シーズンはバーミンガムにレンタル移籍します。ブルース監督の積極起用に応え、11ゴールを挙げてプレミア昇格に大きく貢献、この活躍によりアーセナルとの5年契約を勝ち取ります。そして2007年8月12日フルハム戦でプレミアにデビューすると、エドゥアルドのケガもあって出場機会を獲得、10月23日チャンピオンズ・リーグのスラヴィア・P戦では初ゴールをマークしました。また、12月22日のノースロンドンダービーで途中出場し、1.8秒という最速記録となるプレミア初ゴールをヘディングで決めてチームを勝利に導き、ガナーズサポーターから信頼を得ました。しかし2008年1月、リーグ杯でのノースロンドンダービーでは、アデバヨールとピッチ上で衝突する場面も見られました。
08/09シーズンはアデバヨール、ファン・ペルシに次ぐ9ゴールを挙げ、クラブと代表双方の活躍によりデンマーク年間最優秀選手に輝きました。翌シーズンのリーグ戦はそけい部の手術を受けたことで23試合の出場に終わりますが、チャンピオンズ・リーグでは決勝トーナメントに進み、ポルトとの2ndレグでキャリア初、デンマーク人としても大会初のハットトリックを達成。アーセナルの選手としても91/92シーズンの(当時はチャンピオンズ杯)のアラン・スミス以来の快挙となったのです。続くバルセロナ戦では敗れはしたものの一矢報いるゴールを挙げるなど、5試合5ゴールと好成績を残しました。
10/11シーズンはW杯でのケガで出遅れ17試合2ゴールと不完全燃焼に終わり、恩師ブルース率いるサンダーランドにレンタル移籍します。チームはオニール監督になり、ゴール数も一ケタでしたが、ニューカッスル、リヴァプール、マンチェスター・C相手に勝ち点を獲得。また、アシストも5つ決めて前線の起点として機能し、プレミア残留に貢献しました。
12/13シーズンにユヴェントスへレンタルされ、9月22日キエーヴォ戦でセリエAにデビュー。しかし1ゴールも取れず、スクデット連覇にも貢献できませんでした。
復帰したアーセナルでも不本意な結果に終わり、14/15シーズンにヴォルフスブルクへ移籍します。リーグ戦はオランダ代表ドストの控えでしたが、ヨーロッパリーグではインテル戦や準々決勝ナポリ戦など4ゴールを挙げました。
16/17シーズンのノッティンガムでは2ゴールにとどまり、ノルウェーへ渡っています。

U−16から代表に招集され、U−17チームでは15試合で6ゴールを挙げて2004年のU−17国内最優秀選手に選ばれました。U−21でもデビューとなった2006年5月17日の親善試合スペイン戦で2ゴールを挙げ、直後の欧州選手権では最年少でメンバー入りしました。
2006年8月16日ポーランド戦にて18歳でフル代表デビューし、初ゴールもマークします。2008年欧州選手権予選では2ゴールを挙げますが、本大会には進めませんでした。
2010年W杯予選では9試合で3ゴールと若くしてエースの重責を担い、最大のライバルであるポルトガルとのアウェーゲームで同点ゴールを挙げて勝利に貢献し、スウェーデンを含む激戦区を首位で通過しました。本大会では2戦目カメルーン戦でゴールを挙げチームを勝利に導きますが、肝心の日本戦で仕事ができず、グループリーグで敗退しています。
2012年欧州選手権は5試合に出場し、ノルウェー戦やポルトガル戦と重要な局面で計3ゴールを挙げます。本大会でもポルトガル相手に得意のヘディングで2ゴールを挙げるものの勝利には結び付かず、グループリーグで敗退しました。
2014年W杯予選は3試合戦ってイタリア戦で2ゴールを挙げましたが、この最大のライバルとの勝ち点6の差は埋まりませんでした。
2016年欧州選手権予選は10試合で2ゴールにとどまり、敗退しました。
代表記録

余談
・09/10シーズンに背番号を52に変更しましたが、サポーターの分(応援の際に着用するレプリカユニフォーム)まで自費で変更しています。
2010年6月25日:新規アップ 2017年6月25日更新