フルネーム フェデリコ・バルザレッティ
国籍 イタリア  
出身地 トリノ
生年月日 1981・12・6
身長 180cm
体重 74kg
利き足
ポジション DF(LSB)
FK PK  
キャプテン経験  
代表デビュー 2010・11・17
ルーマニア戦
代表背番号
W杯メンバー  
ニックネーム バルザック
個人タイトル  
チームタイトル  
所属クラブおよび背番号 出場 得点
98/99 トリノ(2部)
99/00 ヴァレーゼ(3部) 17
00/01 ヴァレーゼ(3部) 27
01/02 シエナ(2部) 16
02/03 トリノ 13
03/04 トリノ(2部) 39
04/05 トリノ(2部) 38
05/06 ユヴェントス 14 20
06/07 ユヴェントス(2部) 14 37
07/08 フィオレンティーナ 12
07/08 パレルモ 42 16
08/09 パレルモ 42 33
09/10 パレルモ 42 34
10/11 パレルモ 42 33
11/12 パレルモ 42 27
12/13 ローマ 42 27
13/14 ローマ 42 11
14/15 ローマ 42
タイミングの良い上がりからの正確なパスでチャンスを作ります。大きな穴もなく、左SBを基本に左MFや右SBでも機能します。人格者であり監督にとって心強い存在です。

6歳からトリノのユースで努力を続け、ヴァレーゼやシエナへのローンで3シーズン実戦経験を積んだ後、02/03シーズンの9月14日インテル戦でセリエAにデビューします。
セリエBに降格した後にレギュラーに定着しますが、近隣の宿敵ユヴェントスへフリーで移籍します。ザンブロッタやキエッリーニの存在に加え、サポーターの反発もありましたが、安定したプレーで20試合戦い優勝、チャンピオンズ・リーグに4試合出場しました。
クラブは八百長問題によりBに降格して優勝も取り消されますが、デシャン監督の信頼を受けて37試合に出場して1年でのA復帰に貢献しました。その後フィオレンティーナに移ってUEFA杯にも3試合出場しますが、定位置を確保できませんでした。
パレルモでは16試合に先発して2アシストします。、バルザーリ、ザッカルド、デンマーク代表ケアといった面々と共に最終ラインを作りますが、2年目はラツィオ戦で退場、復帰2戦目のウディネーゼ戦で一発レッドを受け、5年目も2度の一発レッドを受けました。
それでも攻撃は3年目にリヴォルノ戦で決勝点を挙げた他シエナとの両試合での決勝アシストなど計5アシストしました。4年目はナポリ戦の得点やチェゼーナ戦の2アシスト含む7アシストで一ケタ順位を達成、国内カップは決勝に進むもインテルに3失点しました。
クラブのセリエA残留を見届けて12/13シーズンにローマへ移籍します。フィオレンティーナ、ミラン、古巣トリノからアシストして勝利に貢献。2年目もローマ・ダービーで点を取りますが出場機会が減少、3年目はギリシャ代表ホレバスやイングランド代表A・コールの加入もありベンチが定位置となり、最終節の古巣パレルモ戦に出場して、現役を退きました。

代表デビューは2010年11月17日ルーマニア戦。2012年欧州選手権予選はクリッシトとの競いで3試合出場。本大会も4試合に出ますが、決勝でスペインに惨敗しました。
2014年W杯予選は2試合に終わっています。
代表記録 16試合

余談
・パレルモ以降の背番号は1942年生まれの父親にちなんでいます。
※:フェデリコ・バルザレッティ(Federico BALZARETTI)
2018年12月8日:新規アップ