アレックス(ALEX)
フルネーム アレックス・ロドリゴ・ディアス・ダ・コスタ
国籍 ブラジル
出身地 ニテロイ
生年月日 1982・6・17
身長 188cm
体重 89kg
利き足
ポジション DF(CB)
FK PK FK
キャプテン経験  
代表デビュー 2003・7・13
メキシコ戦
代表背番号
W杯メンバー  
ニックネーム タンク
個人タイトル 02,03ボーラ・ジ・プラッタ(プラカール誌)
チームタイトル 02,04ブラジル全国選手権
04/05〜06/07エールディヴィジ
04/05オランダカップ
07CONMEBOLコパ・アメリカ
08/09,09/10FAカップ
09/10プレミアリーグ
12/13,13/14リーグアン
所属クラブおよび背番号 出場 得点
02 サントス 19
03 サントス 34
04 サントス
04/05 PSV(オランダ) 4 27
05/06 PSV(オランダ) 4 28
06/07 PSV(オランダ) 4 29
07/08 チェルシー(イングランド) 33 28
08/09 チェルシー(イングランド) 33 24
09/10 チェルシー(イングランド) 33 16
10/11 チェルシー(イングランド) 33 15
11/12 チェルシー(イングランド) 33
11/12 パリ・サンジェルマン(フランス) 13 15
12/13 パリ・サンジェルマン(フランス) 13 24
13/14 パリ・サンジェルマン(フランス) 13 31
14/15 ミラン(イタリア) 33 21
15/16 ミラン(イタリア) 33 25
16/17 ミラン(イタリア) 33    
高さ、スピード、ライン統率と、総合的に高いディフェンス能力を誇るブラジル代表CB。ヘディングや強烈なFKなど得点力も兼ね備えています。

02シーズンにサントスでトップデビューを果たします。ロビーニョ、ヂエゴ、エラーノら豪華な攻撃陣を背後から支えて全国選手権制覇に貢献し、翌年にレギュラーに定着しました。そして34試合に出場してDFながら9ゴールを挙げました。
2004年にチェルシーと契約を交わしましたが、イングランドでの労働許可が下りなかったため(欧州パスポートのない選手は、過去2年間の代表試合の7割以上に出場しないといけないようです)PSVにレンタルされ、8月14日RBC戦でエールディヴィジにデビューします。
当初はプレースピードについて懐疑論がありましたが、すぐにDFラインの中心的存在になります。また、チャンピオンズ・リーグでも決勝トーナメントのモナコ戦や準々決勝リヨン戦でゴールを挙げてベスト4進出に大きく貢献します。同胞のGKゴメスとの息の合ったコンビネーションは、リーグと国内カップの2冠、リーグ連覇を成し遂げたことで高く評価されました。
06/07シーズンのチャンピオンズ・リーグでは、アーセナル戦2ndレグでオウンゴールを献上するものの、後半にそれを帳消しにする貴重なアウェーゴールを挙げてベスト8進出を決めます。しかしリヴァプール戦で負傷し、チームも敗れました。
07/08シーズンにチェルシーに復帰し、8月19日リヴァプール戦でプレミアデビュー。テリーとR・カルヴァーリョのバックアッパーが主な役割でしたが、2年目にはチャンピオンズ・リーグのリヴァプール戦、国内リーグのアーセナル戦と重要な場面でのゴールもあり、タイトルにも恵まれます。しかしヘルニアの手術やヒザのケガでたびたび戦線を離脱、イヴァノヴィッチのCB起用や同胞の若手D・ルイスの加入もあり、チーム内での重要度が下がりました。
11/12シーズン途中にPSGへ移ります。2月12日ニース戦でリーグアンにデビューし、優勝するモンペリエやマルセイユから得点力を見せて先発に定着。2年目からはT・シウヴァが加入、マクスウェルを含む同胞での最終ラインでクラブ19年ぶりの優勝と連覇を果たしました。
その後ミランにフリーで加入します。セリエAデビューとなったラツィオとの開幕戦ではオウンゴールを見せますが、3点リードした後の後半だったため逃げきって事なきを得ました。2年目はミラノダービーやユヴェントス戦でゴールを挙げています。

U−23で8試合2ゴールの数字を残した後のフル代表デビューは、2003年7月13日のゴールド杯メキシコ戦。ルシオ、フアン、R・ジュニオールらの間に割って入れませんでした。
2006年W杯終了後に就任したドゥンガ監督に重用され、2007年コパ・アメリカでは全試合に出場して連覇に貢献。2010年W杯予選は1試合の出場に終わっています。
代表記録

2007年7月23日:新規アップ 2016年7月10日更新