チャーリー・アダム(Charlie ADAM)
フルネーム チャールズ・グレアム・アダム
国籍 スコットランド
出身地 ダンディー
生年月日 1985・12・10
身長 185cm
体重 82kg
利き足
ポジション MF(CMF)
FK PK FK PK
キャプテン経験 クラブ
代表デビュー 2007・5・30
オーストリア戦
代表背番号  
W杯メンバー  
ニックネーム  
個人タイトル  
チームタイトル 07/08スコットランドカップ
11/12イングランドリーグ・カップ
所属クラブおよび背番号 出場 得点
03/04 レンジャーズ
04/05 レンジャーズ
04/05 ロス(2部) 10
05/06 レンジャーズ
05/06 セント・ミレン(2部) 10 29
06/07 レンジャーズ 25 32 11
07/08 レンジャーズ 11 16
08/09 レンジャーズ 11
08/09 ブラックプール(イングランド2部) 26 13
09/10 ブラックプール(イングランド2部) 26 43 16
10/11 ブラックプール(イングランド) 26 35 12
11/12 リヴァプール(イングランド) 26 28
12/13 ストーク(イングランド) 16 27
13/14 ストーク(イングランド) 16 31
14/15 ストーク(イングランド) 16 29
15/16 ストーク(イングランド) 16 22
16/17 ストーク(イングランド) 16 24
17/18 ストーク(イングランド) 16 11
18/19 ストーク(イングランド2部) 16 11
19/20 レディング(イングランド2部)    
高度な技術や相手の裏を狙うスルーパス、正確なFKで違いを作ります。また、試合中常にハードワークができ、攻守にハイレベルなスコットランド代表の司令塔です。

1980年代から90年代にかけて活躍した同名の父親の下に生まれます。地元ダンディーの下部組織から、2000年にマクレイシュ監督率いるレンジャーズに移ります。2004年4月14日リヴィングストン戦でリーグデビューしますが、レンタル移籍で経験を積みます。
2度目のレンタルとなったS・ミレンでは背番号10を任され、リーグ戦で29試合5得点の成績を残してチームを昇格に導き、カップ戦でも4試合3得点と結果を残しました。
06/07シーズンにレンジャーズに復帰すると、ル・グエン新監督に主力に据えられ、B・ファーガソンやチェコ代表シオンコらと共に中盤を構成。ハイバーニアンとの両試合で合計4点を決め、セルティック戦でのFKや、古巣対決のダンディーやS・ミレンと要所で点を取ってCFボイドに次ぐ11得点を挙げました。UEFA杯でも8試合3得点2アシストと能力を発揮しました。
その後リーグ戦では精彩を欠き、チャンピオンズ・リーグではシュツットガルト相手に点を挙げるもリヨンやバルサの前に敗退。UEFA杯は無得点でしたが準優勝になりました。
08/09シーズン途中に隣国の2部リーグへレンタルされます。ドンカスター戦ではレッドを受けましたが、完全移籍で臨んだ2年目はプレーオフのカーディフ戦、ノッティンガム・F戦など16得点を挙げてクラブ40年ぶりのトップリーグ昇格に貢献し、ベストイレブンになりました。
2010年8月14日ウィガン戦でプレミアデビューして得点を演出すると、共に昇格したニューカッスル戦で1得点1アシスト。その後もブラックバーン相手の2点や、マンチェスター・U、リヴァプール、トッテナムからなど計12得点を挙げ、年間最優秀選手候補になりました。
奮闘実らずチームは降格となったものの、冬に続きリヴァプールからオファーが届いて移籍します。ボルトン戦で1得点1アシスト、ウルヴズ戦での2アシストなど、負傷で離脱するジェラードやルーカスの穴を埋める活躍を見せましたが、1年で退団しました。
ストークではウィーランやクラウチと共にセンターラインを築き、チーム最多タイの6アシストを決めます。2年目もマンチェスター・U戦での同点弾にサウサンプトン戦での2アシストなどでチームを一ケタ順位に押し上げました。3年目はサウサンプトン戦での決勝点やリヴァプール、トッテナム戦など上位から相次いで得点を挙げ、一ケタ順位をキープしました。
19/20シーズンにフリーでレディングへ移籍しています。

レンジャーズ時代の恩師マクレイシュにより、翌年の欧州選手権予選となる2007年5月30日オーストリア戦で代表デビュー。2年後の10月10日には日本とも戦いました。
2012年欧州選手権予選は4試合、2014年W杯予選は5試合プレーしましたが、いずれも本大会出場は果たせませんでした。
代表記録

余談
・実弟グラントもプロ選手でGKです。
2012年3月6日:新規アップ 2019年7月25日更新